第13話 頭の中、見せてください・豆知識

 ラジコンがおばあちゃんと話したがっているなんて、それだけでもレオには信じがたいことなのに、何をしゃべっているのかまでわかるだなんて。

 レオが興味津々でリーナの準備を見ていると、学が戻って来た。

「待たせたな! 大丈夫だったか!?」

 ぴかぴかっ!

 リーナのポシェットの中で、トトが元気に光った。

「うん、ご覧の通り。トトは無事だよ」

「よかった。あのあと、いったいどうなったんだ? ばあさまは?」

「それなんだけど、ばあちゃんの意識がないのは、スーパー・ソード・マシンと話をしているかららしくって」

「話?」

「2人がおたがいしゃべりたがっていたから、時空が曲がってたんだって」

「いったい何を話してるっていうんだ?」

「それを今から見ようってことになって」

 レオは、パソコンに向かうリーナを指さした。

 リーナは、有名大学の研究室がインターネット上に公開している脳情報学の最新プログラムをダウンロードした。脳の中でイメージしていることを、画像化できるというソフトだ。

 人間は何かを見たり聞いたりすると、脳に弱い電気信号が流れる。それが脳波といわれるものだ。何を見聞きしたときにどんな脳波がどこに現れるか、その特徴をデータ化しておけば、逆に脳波の特徴から、脳が何を見聞きしているかを読み解くことができると考えて作られたシステムだった。


「学の方は? だいじょうぶだった?」

「うん。何の用で来たのかを忘れるまで、ネタを何個か披露させてもらった。なかなか笑ってくれないから苦労したけど、最後は大成功だったぞ!」

(町内会長さんのところに行かないように説得したんじゃないんだ…‥‥)

「さ……さすが学」

 感心したのか、あきれたのか。そんなレオの言葉に、学はちょっぴり得意げだった。


 リーナがエンターキーをパンッと押す音が聞こえた。2人がふり返ると、それまで波の形で描かれていた脳波のグラフが、電波の悪いテレビのような映像に変わった。レオと学は、リーナの後ろから体を乗り出して画面をのぞき見た。

 ドキドキして画面を見つめるレオと学。だけどちょっと、視界が悪い。

「解像度が低い……。少し補強しないと……」

 そうつぶやきながら、リーナは最新技術といわれるようなプログラムに手を加える。

 緑と茶色のモザイクのかかったような視界が、だんだんくっきりしてきた。

 すると、庭で遊んでいる小さな子どもが見えてきた。

「これは……この庭、だな?」

「この子は?」

「どうやらおばあちゃま、昔を思い出してるみたい」

 つまり、庭で遊んでいるのは、昔の学かリーナのようだ。

 麦わらぼうしをかぶって、木陰にしゃがみこんで一生懸命何かをしている――と思ったら、得意げににこぉと笑って顔を上げた。控えめだけど、うれしさがにじみ出た笑顔。小さな手には、セミの抜け殻がつままれている。

「わー、かわいい」

 思わずそう口にして、レオはあせった。

(しまった! これ、ちっちゃいころのリーナだよね。女の子のことを、本人の前でかわいいって言っちゃったよ!)

「これは4、5才くらいのころだな」

「へ、へー」

(でも、ちっちゃいころを見ての感想だからセーフだよね)

 ドキドキを抑えながら、ちらっとリーナの顔を見る。かわいいと言われて、リーナはほほをちょっとだけ赤く――染めたりはしてなくて、いつもと変わらず平然としていた。

 そしてつぶやいた。

「このころは学も小さかった」

「あはは、ほんとに。って、え? あれ? これ、学?」

 学は今、クラスでも1番目か2番目にくらいに背が高い。ずいぶん大きくなったものだ。

 学が画面を指さして言う。

「そしてこっちがリーナ」

 縁側から見える部屋の中に、パソコンに向かっているちっちゃーな子どもがいた。

(今と同じじゃん!)

 学の言葉にリーナがうんうんとうなずいている。


「このころだったよなぁ、じいさまがセミは成虫になってから1週間しか生きられないんだって教えてくれて。そしたらリーナが、最近は、1カ月生きるものもいると言われてるんだって言いだして。ずっとパソコンの方ばっかり見てて、ぜんぜんじいさまの話を聞いてなさそうだったのに」

「ちゃんと、話は聞いてた。セミの話も、おじいちゃまの話を聞いたから詳しく調べた」

「わかってるよ。だからあれ以来、ぼくもこれを使うようになった」

 学は自分のスマホを手に取って見せた。

「身近な大人に教えてもらうだけじゃ知ることのできない、最新情報が世の中にはあるもんな」


 2人ともずいぶんすごい幼児だったんだなとレオは冷や汗をかく。

 かく言うレオも4、5才のころには、すでにドライバーで色んな物を分解してまわっていたので、すごい幼児という意味では2人といい勝負である。おもちゃの電池が切れた時なんかも、自分でちゃっちゃと交換してまわりの大人に驚かれていたものだ。


「でも今は昔をなつかしんでる場合じゃない。みんな、どうしたらおばあちゃまの意識が戻ってくるのかを考えて」

「昔をなつかしんでるのは、ばあさまだよ」

 学が腕を組んで画面をじっと見つめた。

 学とリーナの子どものころの様子が画面に映っているということは、ばあちゃんの頭に今、その景色が映っているということだ。そのばあちゃんは今、スーパー・ソード・マシンと話しをしてるはず。ということは……

「ばあさまはスーパー・ソード・マシンと、昔話がしたかったんだろうか?」

 レオも、首をかしげる。

「ぼくのマシンも、ばあちゃんに何を聞きたかったんだろう?」

 レオにとっては学やリーナの小さい頃の様子を知るのは楽しいことだけど、ラジコンカーが興味を持つ話だろうか……?


 とつぜんリーナが大きな声を上げた。

「あっ!」

「どうしたの?」

「ドウシマシタ!?」

「今! 見た!? おばあちゃま、抜いちゃいけないって言ってたお花を、抜いたわ!」

 片手に鎌を持って草を抜いているばあちゃんの手が画面に映る。

「ほら、また!」

 リーナに言われて、レオと学は顔を近づけ画面の中のうす紫の花をじっと見た。しかし、いまだに2人には、花の見分けがよくつかなかった。

「似てるけど、ちがうものなんじゃない?」

 抜いてはいけない花なんだったら、抜くはずがないもんね。

 すると、トトが力強く言った。

「イイエ。これは、おばあさまが大事にしてるお花デス! 99・9999パーセントまちがいアリマセン!」


 そんなに堂々と言われても! じゃあ、なんで抜いちゃってんの!?


★ここで豆知識!★

 お話の中で、おばあちゃんの頭の中のイメージをパソコンの画面に映していたよね。あれは脳デコーディングと呼ばれる、実際に研究されている技術なんだ。

 今のところはまだぼんやりとした画像としてしか読み取ることはできていないみたいだけど、この研究が進めば手を動かせない人でも、頭に浮かんだものを直接パソコンに入力できるようになるなど期待されているんだよ。

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