第12話 それでも友だち

 間一髪。

 レオはリーナの手からパソコンを取り上げた。

 リーナの運動神経が悪くて助かった。トトはまだ無事で、クルクルと光り続けている。

「返して、レオ。わたしは、トトを消さなくてはならない」

「消すなんて簡単に言わないでよ。トトがいなくなったら、さみしいじゃん」

 クルクル回っているトトの光がほんのりカラフルに色づいた。ちょっぴり嬉しそうで、ちょっぴり悲しそうだ。

 リーナは真顔で、レオを見すえる。

「さみしい? でもおばあちゃまに何かあったら、わたしはさみしいではすまない」

「そう……だよね」

 このままトトを放っておいたら、大変なことが引き起こされるかもしれない。

「でも……、トトはリーナの友だちなんだろ。命令とちがうことをしてるからって、悪いことしようとしてるって決めつけないで、まずはトトの話を聞こうよ」

「何を言っているの? 命令にないことをするのは、悪いこと」

 断言するリーナに、レオは勢いよく首を横に振った。

「友だちって、いつでも自分の思い通りになるもんじゃないよね。そうじゃなくても、友だちじゃん! 思ったのとちがうことしてたって、トトはリーナが悲しむようなこと、しようなんてぜったい思ってないよ!」

 レオのその言葉に、リーナは雷に打たれたように固まった。


「わたし……」

(わかってくれた!?)

「友だちがどんなものだか、よくわからない」

 がくっ。

(そういえば、友だち少ないようなこと言ってたなぁ……)

 リーナは、「フレンド」(日本語にすると友だち)という名前のつくシステムを開発しておきながら、「友だち」というものをよくわかっていなかった。


 リーナはほんのちょっとの間考えこんでいたけれど、レオの手の中で波うつパソコンを見て、両手を差し出した。

「もしかすると、レオの言ってることは正しいのかもしれない。でもわたしは開発者だから。人間の指示に従わないAIを、許すことはできない。だから、早くパソコン返して」


 みんなは「ロボット3原則」というものを知っているだろうか。

1、ロボットは人に危害を加えてはならない。

2、ロボットは人の命令に従わなくてはならない。ただし、1に違反することになるような命令はのぞく。

3、1と2に違反しない時には、ロボットは自分を守らなくてはならない。


 簡単な言葉に直してはいるけれど、これは1950年、有名なSF作家アイザック・アシモフが書いたものだ。ここにはAIやロボットが人間と仲よく共存していく上で大切な考え方が示されている。この3原則は彼の書いた物語の中で登場するだけでなく、今の工学にも影響を与えていて、リーナももちろんこれを破ることのないように気をつけて開発をしてきていた。

 リーナから見て、トトは今この3原則を侵しているように見えた。そんな危険なAIを放っておくわけにはいかないのだ。


「トトを消さないって約束してくれるなら返すよ。これはリーナの物だからね」

 レオは取引をするようにリーナの様子をうかがいながら、そろそろとパソコンを前へ差し出していく。

「まずはトトを信じて、話を聞いてあげようよ? トトも、教えてよ。どうしてこんなことをしたわけ? トトは悪いヤツなの?」


(トト! 返事をして!)

 トトはためらっているかのようにぐるぐると光っている。返事が来ることを願って、レオはじわじわと時間を稼ぎながらリーナへと近づいていく。

 緊迫した空気の中、もう少しでパソコンがリーナの手に渡りそうになった時だ。

「ゴメンナサイ。スーパー・ソード・マシンにおばあさまの意識をつなげたのはトトです」

 ずっとだまっていたトトが、自分の罪を認めた。


「どうしてそんなことをしたの?」

 すぐにリーナから厳しい声が飛んできた。

「トト、庭にいた時、マシンがおばあさまに何かを聞きたがってることに気づきマシタ。何を聞きたがっていたのかは、トト知りマセン」

 庭で、「トト、ワルイコト、シテマセン」と何度もくり返していた時だ。何も聞かれていないのにあんなことを言いだすなんて胡散臭いと思っていたけれど……。


「デモそのあと、おばあさまの脈を取った時、おばあさまもマシンと話したがっていることに気づきマシタ。

 そうやって2人がお互いにコンタクトを取りたがっているせいで、2人の間の時空が歪んでいたんデス」

 だからスーパー・ソード・マシンは庭で動けなくなって、おばあちゃんはソファーで意識を失っていたのだ。


「だからトト、2人をつなげマシタ。希望をかなえてさしあげれば、事態は解決すると思いマシタ」

「そう。ところが上手くいかなかった、というわけね」

「ハイ……」


 ガバッ!

「あっ!」

 リーナが、レオの手からパソコンを奪いとった。

「まったく。勝手なことを」

 怒ったように、キーボードを叩きだす。

 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ……

「ああ! そんな。トトだって悪気があったわけじゃないのに」

 トトが消されてしまう!

 あせるレオ。しかしリーナは、

「確か脳の信号を、映像化する技術があったはず」

 と意味不明なことをつぶやいただけで、トトのことには一切触れず、一心不乱にキーボードを叩き続けた。


 2~3分ほど経って。

「これね」

 という声と同時に、キーボードの音が止んだ。

「ナ、ナ、ナ、ナニをスルンデスカ?」

 ついに自分が罰せられる時が来たのかもしれない。おびえたような声を出すトトに、リーナはちょっとだけ優しさを含んだ声で言った。

「怖がらなくても大丈夫よ、トト。2人が何をしゃべっているのかを見せてもらうだけ。そうすれば、おばあちゃまの意識を連れ戻す方法が、わかるかもしれないでしょう?」

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