第11話 AIの反逆

 目を開いた時、画面には波うつようなグラフが流れていた。


「これは……脳波!? ということは、まさか脳に異常が!?」

 学の声は、震えていた。レオの手にも、汗がにじんでくる。

「わからない。でも、おそらくちがう。それよりももっと、事態は深刻かもしれない。なぜならこのウィンドウは……」

 リーナは、波うつグラフを指さした。グラフを囲むウィンドウの上には、外国語で「ブルーベリーパイ」と書かれていた。


「なに!? このウィンドウはなんなの!?」

「これはスーパー・ソード・マシンのAI開発用のウィンドウ。ここに脳波が読みこまれているということは、スーパー・ソード・マシンがおばあちゃまの意識を読みこんでいるということ」

「意識を読みこむ?」

「もしかしたら、そのせいでおばあちゃまの意識が戻らないのかもしれない」

 そう言うとリーナはバチバチっとぶっ叩くように、いきおいよくキーを叩き始めた。

「読みこむのを今すぐやめなさい……そして意識を解放しなさい……」

 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ‥‥‥‥

 打ちこんでいるのは、コンピューターの処理を中断させるような命令だ。

 レオも学も固唾をのんで、どうなるのかを見守る。


 ばあちゃんに意識の戻る様子はない。リーナの顔つきがどんどん険しくなっていく。画面には緑の文字が、ダーっと流れていく。

 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ‥‥‥‥

 しかしどうしても処理に割りこめないようだ。

「あー! もうっ! いったいどうしてこんなことになったの!?」

 ついにリーナの怒りが爆発した。

「トトの仕業でしょう! おばあちゃまの意識をこっちに返しなさいっ!」

 リーナの疑いが、トトに向けられた。さっきまでトトのことなんて疑ってなかったのに、突然。

 トトからの返事は、ない。

「こんなことしていいなんて、わたし、言ってないでしょう? トト、あなたのやっていることは許されないことよ」

 やっぱりトトからの返事はない。

「こんな勝手、いったいどういうつもり?」

 リーナの問いかけに、トトは困ったように弱い光をくるくると点滅させる。


「しかたがない。こうなったらトト、あなたを消して、入れなおします。勝手なことをすることも、人の脳波を読みこむなんてことも、してはならないこと」

 その厳しい言葉に、レオと学は声を上げた。

「待った!」

「待って!」

 2人の声が重なる。

「まだトトが悪いと決まったわけじゃないだろう?」

「トトを消すってどういうこと!?」

「こんなことができるのは、トトだけ。わたしのパソコンには安全対策が厳重にしてある。外から変なウィルスが入ってくることはない。悪さをするとしたら、中に入っているわたしの作ったもの。でもスーパー・ソード・マシンには、こんなことのできる能力スペックはない。だから、犯人はトト!」

 トトには、スーパー・ソード・マシンに入れた基板よりも、ずっと高性能の基板が入っている。確かにトトは疑わしい。でも本当に、トトが悪いのか。


「トトがおばあちゃまを元に戻してくれないというなら、システムを入れ替えて、言うことを聞かせるしかない」

「ちょっと待て。落ち着けリーナ」

「落ち着いてるひまはない。人を危険にさらすようなシステムを放っておくことはできない。わたしにはプログラマーとしての責任がある」


 プログラマーの責任という言葉に、レオは息をのんだ。自分の作った物が、誰かを危険にさらす。それは作り手にとって、とても恐ろしいことだ。

 だけど、トトはただの『物』じゃない。疑わしいからって、簡単に消していいのか。

 リーナがキーボードに手をかける。本気でトトを消すつもりだ。

 キーを一つでも押せば、消せるのか。それともいくつかのキーを打つ必要があるのか。

 いずれにしても、リーナなら一瞬でトトを消せるだろう。学とレオの目が、リーナの指先に集中する。


「聞いてリーナ。トトは……」

 ピンポーン!


 リーナを止めようとする学をさえぎるように、玄関のチャイムが鳴った。

 だれだ。この深刻な時に。

 一瞬3人の目が玄関の方を向いた。でも今はそれどころではない。

 無視だ、無視無視。


「トトは……」

 ピンポーン!


 まただ。

 無視だ、無視無視。


「リーナ、まずは……」

 ピンポーン!


「だからだな……」

 ピンポーン!


「だ……」

 ピンポーン!  ピンポーン!  ピンポーン!


「ああ、もう! ピンポンピンポンって、卓球か! いや、宅急便か!?」

「ハナエさーん! 留守かーい?」

 声の主は、宅急便じゃなくて、となりのおばさんだった。

 声を聞いたレオと学はサッと青ざめた。表情がわかりにくいけど、リーナも少し青ざめる。


「困ったね~。まだ庭の方の手入れもできてないみたいだし、これは町内会長さんに相談するのが、やっぱり一番かねぇ~」

 大変だ!

 これは無視してる場合じゃないぞ。

「ちょっと出てくる! レオ! あとは任せた!」

 学はそう言い残すと、となりのおばさんを止めに玄関に向かった。

「おうっ! こっちは任せとけ!」

 レオは、胸を張って学を送り出した。


 次の瞬間、リーナがキーボードに何かを打ちこもうとするのが見えた。

 トトが危ない!

 レオはあわてて、リーナに向かって突き進んでいった。

「ちょっと待ったーーー!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る