第8話 重大任務発生!・豆知識
おばあちゃんちに戻ると、3人はお兄さんから受け取った紙袋の中身を出した。
「うわぁっ」
カラフルなピンやケーブル、計算機みたいな数字の書かかれたボタンやスイッチ、見慣れないけれど楽しそうなものがたくさん入っている。
興奮するレオの前で、リーナはその中から手のひらサイズの緑の板を取りあげた。ブルーベリーパイだ。
「わたし、これにAIを入れる。そのあと学たちはこれをラジコンに入れて」
「AI? リーナ、AI入れてくれるんだ」
レオはワクワクする。
「そしたらラジコンがトトみたいにしゃべるようになるわけ?」
これからペットを飼うような気持になるレオに、リーナはあっさり言った。
「しゃべらない」
「なんでっ!?」
AIってトトみたいなのをいうんだよね?
「今作るのは、花を見分けて避けて走るマシン。しゃべる必要ない」
「必要はなくても、しゃべった方が楽しいじゃん」
「それにはプロセッサーの能力が足りない」
複雑な機能を持たせようと思えば思うほど、高い能力を持つプロセッサーが必要になってくる。そして、高い能力を持つプロセッサーほど値段も高いのだった。
「うう。残念だ」
と嘆いたわりには、レオはすぐに目を輝かせて外に出ていき、あっという間にラジコンを抱えて部屋に戻ってきた。
「で、ぼくはどうすればいいの?」
リーナの前でラジコンを解体し、子犬のような目で彼女をのぞきこむ。
「わたし、電子工作したことないからわからない。学と2人で考えて」
リーナはそう言うと、つくえにパソコンを広げた。なんてつれない。
「ぼくだって……」
レオだって電子工作は初めてだ。そう言いかけたけど、目の前のリーナがパソコンにパパッと何かを打ちこみ、ふんふんとうなずいてパーツの山からケーブルを拾ったのを見てだまった。リーナだってブルーベリーパイを扱うのは初めてなはずなのだ。それなのに。
リーナは黙々と未知のことを解決していく。手に取ったケーブルでボードとパソコンをつなげ、パチパチパチパチパチパチ……とキーボードを叩いていく。黒いウィンドウに、緑に光る文字がダダダダダダダダダダダダ……と表示されていく。
「か、かっこいい……! よーし、こっちも負けてられないぞー!」
と、意気ごんではみたものの、これからどうしたものか。
レオは解体したラジコンのまん中あたりの空いたスペースを指さす。
「この辺にボードをひっつけるだけなら簡単なんだけど――」
「でもそれだけでは、だめだろうな」
学が難しい顔でそのスペースをのぞきこんだ。
リーナのように1人で解決するのが難しくても、レオには学がいる。
「リーナはあれにAIを入れると言っていた。ということは、あのボードはラジコンの動きを操る頭脳ってことだ。だとしたらボードからの命令が、動力に伝わるようにしてやらないと」
学はそう言いながら、ささっとスマホを操る。そして「これを使うみたいだな」と、数ある部品の中から、ボードとサーボをつなぐ部品を選びだした。
「つないだら、制御するプログラムを書かないとならないんだが」
キーボードをカチカチ叩いているリーナは、学の話をまったく聞いていないのかと思ったら、「わかった」と視線を画面から離すことなく小さく答えた。
「それからカメラもつけなくちゃならないみたいだ」
いくら花の種類を覚えても、前が見えなくてはどこを走っていいかわからない。前を見るためには、目の役目としてカメラが必要なのだ。学は小さなカメラのパーツをレオに渡した。
「うわー! ちっさー」
「小さいデスネ! スモール! タイニー! ミク!」
ワイワイ言いながらつくえを囲む3人(主にワイワイ言っているのは2人とAIで、残りの1人は静かに側にいるだけなんだけど)の様子を、ばあちゃんがたまにのぞきに来た。腰をさすりながら、「楽しそうね」と嬉しそうに目を細めていた。
柱時計が5時の鐘を鳴らした。
レオたちは設計をだいたい終え、あとは組み立てとプログラムを読み込むくらいになった。
リーナの方は、まだまだ時間がかかりそうだ。というのも、レオたちが部品をつなげばつなぐだけ、それをコントロールするためのプログラムを書かなくてはならないのだ。
でも、まだ夏休みは長い。
続きは明日にしようということになり、作業中のリーナはトトにセットされていたアラームにさんざん催促されて、大きなリュックにパソコンを突っ込んで表に出た。3人が門の前で別れようとした時、となりの家から出てきたおばさんが学を見つけて声をかけてきた。
「おやおや。ハナエさんのお孫さん。この前の話、ハナエさんに伝えてくれたかい?」
「その話なら、大丈夫です」
寄ってくるおばさんに、学はつっぱねるように答える。プログラムの続きのことしか頭になさそうな顔をしていたリーナが、ばあちゃんの名前にふと反応して声のする方へと視線を動かした。
「ハナエさんもレンさんも調子が悪いのは知ってるから申し訳ないんだけどねぇ。こう雑草が茂っちゃ困るんだよ。種がつくと、ご近所に飛んでいって大変なことになるからね。ああ、うちはそんなに気にしてないんだよ。でもご近所みんながね、迷惑するから」
おばさんは両手の指を上にしてにょきにょきとしてみせる。飛んで行った種が、あちこちで芽を出してしまうということだろう。本当にいやでたまらないという顔だ。
「そうなる前に、ちゃんとします」
「そうかい? 秋になるとあれもこれも種がついちゃうから、それまでに頼んだよ。でも育ってからだと処分するのも大変だろうから、なんならすぐにでもうちにある除草剤を撒きに行ってあげようか」
おばちゃんが学に笑う。なんだかいやな笑顔だ。
「いえ、結構です」
「除草剤……?」
レオが小声で首をひねると、「草を枯らすことのできる薬」とリーナが答えた。
「そんなものあるの!? 便利だね」
「便利じゃない」
リーナは淡々と答える。
「わたしも草を刈るのは体力的に無理だけども、それくらいはできるからね。ご遠慮なく」
そう言ってとなりのおばさんはどこかへ行った。
「除草剤、撒いてもらったんじゃだめなの?」
「だめ。絶対」
リーナの表情と声はいつも通り淡々としていたけれど、ひどく怒っている気がした。
多分あのおばさんは親切を装っているけれど、学とリーナが守ろうとしている庭の敵なのだろう。
「じゃあちょうどよかった。ぼくのマシンが活躍できるってわけだね」
「もちろん。そのつもりでレオを呼んだんだ」
その一言が、レオの中で何度も木霊した。
学はレオのいいアドバイザーなだけでなく、作品の価値を認めてくれる数少ない理解者だ。
「頼めるか?」
「まかせてよ!」
「それからリーナも。本当にいいところに来てくれた。2人がいれば、心強い」
レオとだけじゃできないこと――祖母の大好きだった『ナチュラルガーデン』を蘇らせることがリーナがいればできる。
「2人……」
リーナがそっと学の言葉をくり返す。
「そうだね。わたしたちが力を合わせれば、おばあちゃまの庭は守れる」
ぽつんとつぶやくリーナのポシェットから、大きな声が響く。
「まかせてクダサイ! ワタシタチ! います! リーナと、トト! います!」
ピカピカと嬉しそうにトトが光る。
その無邪気さをリーナは気にも留めず、
「『わたしたち』というのは、トトじゃない。レオね」
とあっさり否定した。
「ドウシデデスカ!? なんで『ワタシタチ』、リーナとトトじゃないデスカ!?」
取り乱すトト。
「トトは電子工作できないでしょう?」
「ナンデデスカ!? ナンデ……!?」
トトの画面が、強く光ったり弱く光ったり、不安定になる。
まさか自分の言葉でこんなにトトがショックを受けるとは思っていなかった学は、おたおたしながらトトをはげます。
「トトのことも、頼りにしてるぞ! リーナは、もう少し気をつかった言い方はできないのか? トトが悲しんでるぞ」
「トトはAI。感情なんてない。気をつかったりしないで、正しいことを教えてあげればいい。そしたら覚えるから」
リーナは平然とそう言ったけれど、トトは荒れ狂っている。
「おかしいデス! 『ワタシタチ』は、『リーナとトト』のこと! トトが生まれて1025日! 652回の発言チュウ652回ずっとそうデシタ!――つまり100パーセントデス!」
そんなに長い間、1度もトト以外の子と「わたしたち」って言い合ったことがないんだ……。
「リーナ……友だち少なすぎだな……」
学が思わずもらす。
「うっ」
リーナは言葉をつまらせる。いつもなら、少なすぎってどのくらい? などというところだけれど、さすがに聞く必要がなかったようだ。
「たしかにこれまでずっと、『わたしたち』と言えばわたしとトトのことだった。でも、今のわたしには同じプロジェクトを進める仲間ができた。だから、レオのことも『わたしたち』と呼ぶことになった」
「ソウナンデスネ……ソウナンデスネ……」
トトの光がじわじわと弱まっていく。
「だけどトトはわたしの自慢のAIフレンド。それは、これからも変わらない」
「ソウナンデスネ!」
ぴかーん!
トトの声が、がらっと嬉しそうな響きに変わった。
AIには感情がないとリーナは言ったけど、本当だろうか。トトはご機嫌で、リーナに連れられて帰っていった。
「どうみてもやきもち妬いてたよな」
リーナの後ろ姿を見送りながら、学が言う。
「やきもち……」
ん? やきもち?
リーナはばあちゃんの庭を守るのに、トトよりもぼくの方が役に立つようなことを言ってたよね?
ちょっとちょっと!
それってすごくない?
★ここで豆知識!★
ブルーベリーパイを使おうということになってから、リーナはパソコンに向かい、レオと学はラジコンとパーツに向かうという2チームにいつの間にか分かれたよね。
電子工作は、大きく2つの技術が組み合わされて成り立っているんだ。
一つがリーナの取り組んでいるソフトウェアの技術。マイコンを動かすためにはプログラムを書かなくちゃならないし、そのプログラムが動くようにするための環境をまず用意したりする必要もあるんだ。
もう一つがハードウェアの技術。どんな部品を使うか、電源はどうするか、その配線をどうするか。そしてプログラムされた命令をどう伝えるか。これらを設計して組み立てるのがハードウェアの技術だよ。
この2つの技術は、それぞれがバラバラではだめなんだ。ハードウェアとソフトウェアのバランスがとれていることが、いいシステム作りには大切なんだ。
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