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第7話 て、天才じゃん!・豆知識
「早く出かけたいんだけど。2人とも何してるの?」
おじいちゃんとおばあちゃんの部屋に入りこんで、こそこそ何かをやっているレオと学にリーナがたずねる。
「しーっ。すぐに用意できるから、ちょっと待ってて」
部屋の入り口から中をのぞくリーナに、タンスの前からレオが答える。
ブルーベリーパイを受け取るために、子どもだけで出品者に会うなんて危険すぎる。幸い学は背が高い。それっぽい格好をすれば大人に見えるはずだ。ついて来てくれる大人を探す時間がないなら、自分たちでなんとかしようじゃないか!
ばあちゃんには心配をかけるといけないのでこのことは内緒だ。ソファーでテレビを見ている間に、こっそりとじいちゃんの服を漁る。
しばらくして。
レオといっしょに、おじいちゃんのYシャツと背広を着た学が部屋から出てきた。よく見ると袖が微妙に長いけど、なかなか大人っぽく見える。
「コーディネートは、こーでねーと」
リーナはクルッと玄関へと向きを変えた。
「じゃあ行こう」
「おーい。なんか反応してくれー」
ツッコミを求める学を無視して、どこまでもクールなリーナだった。
それにしても真夏に背広は暑い。こんなカッコで会社に通っている大人は大変だなあと額の汗をぬぐう学の横で、レオは緊張で冷や汗をかいていた。
本当にこんなことしちゃって大丈夫なのかな……。
2百円なんて、よく考えたら安すぎて怪しいし。
実は罠で、行ったらもっとお金持ってこいなんて脅されたりなんかしないよね……!?
どうか何事もなく、無事に取り引きができますように……!
そんな2人の前をリーナはすたすたと歩いていく。待ち合わせ場所は小学校の正門前。こういう時には、人目の多い場所で会うのが大事なのだとリーナは言う。こんなことには慣れっこだとでもいうかのような落ち着きはらった態度。いったいリーナって何者なんだろう。
遠くに門が見えてくる。そこにはもう、だれかの人影があった。
(わー。もう来てるよ)
レオの緊張が一段と増す。
でも、この先はリーナに先頭を歩かせるわけにはいかない。そのために学に大人に見える格好をしてきてもらったのだ。
「学!」
レオは学と顔を見合わせて、歩く速度を上げた。怖い気持ちを押し殺して、先を行くリーナを追い抜く。門の前に立っているのは、背の高い男の人。うつむいて、スマホをのぞいている。反対の手には紙袋を下げているのを見て、レオは取引相手にまちがいないと確信した。
近くまで行くと、その人が顔を上げた。
「……うわっ」
いきなりその人に、驚いたような声を上げられた。びくっとするレオと学。思わず後ずさる。でもその人の目はそんなレオでも学でもなく、2人の後ろに立っているリーナをじっと見ていた。
メガネをかけた、おとなしそうな高校生くらいのお兄さん。恐れていたほど怖そうな人には見えない。
「リーナ……さんだ」
お兄さんはリーナの名前を思わずつぶやいた後に、あわてて「さん」をつけ足した。レオは唖然として事態を見守る。だって、大人みたいな男の人が小さなリーナにこんなに驚いて、しかも「さん」づけしているなんて。リーナって本当にいったい何者なんだ!?
リーナの方はお兄さんの方を知らないようできょとんとしている。
「だれ?」
「ハンドルネーム、カイです。あなたが初出場以来3年連続優勝しているプログラミング大会に、ぼくも去年参加してたんですよ。あなたにはまったく敵いませんでしたけど」
プログラミング大会!?
3年連続優勝!?
リーナって……やっぱりただ者じゃなかった!?
レオは目を見張る。
「ああ」
思い出したようにリーナがつぶやく。
「ゼンコクタイカイ! キョネン、カイ、3位ニュウショウでした! オメデト! コングラチュレーション! マブルーク!」
お兄さんの方も、3位に入ったようなすごい人だったらしい。トトの言葉にあははと照れ笑いして、スマホポシェットの方を見ながらお兄さんは言った。
「大会以外でも、すばらしい活躍をたくさんしてるみたいですね。あちこちで名前を見かけますよ」
実はリーナは、たくさんのシステムを作ってはインターネット上に公開しているプログラマーだったのだ。トトも、リーナに生み出されたAIだったりする。
ちなみにネット上では、単なる『プログラマー』ではなく『天才プログラマー』と呼ばれている。見た目は小学1年生なのに、頭脳は大人顔負けなのだ!
うひゃぁ~とレオが感心していると、リーナはいつもの調子で首をかしげた。
「どこからがすばらしくてどこまでがすばらしくないのかは、わからない」
がくっ!
なんでだよー!
せっかくほめてもらえてるのに!
リーナって、いっつもこんなんだな。
と思ったら……
「わたしはただ、作りたいものがたくさんあるから、たくさん作ってる」
とリーナは言った。
(あ! おんなじだ!)
だれかにほめてもらえるのも嬉しいけど、でもそれ以上に、自分が作りたい物を作れることがなんといっても一番幸せなのだ。物を作るのが好きって、そういうことなんだよね。
レオの顔にも、そしてお兄さんの顔にも、嬉しそうな笑顔が浮かぶ。
「そうなんですね。で、今度は電子工作も始めるんですね。電子工作、楽しいですよ」
言われてリーナの目がらんらんと輝く。楽しい想像が膨らんでいるにちがいない。
「これ、それなりに愛着のあるものだから、手放すのさみしかったんですけど、もらってもらう相手がリーナさんでよかった」
お兄さんは両ひざを軽く曲げてリーナと目線を合わせると、紙袋を差し出した。
「おまけで色んな入力パーツや出力パーツ入れてますんで、いっぱい楽しんでください」
リーナはにこぉと笑って、お兄さんから紙袋を受け取った。
めったに笑わないリーナの笑顔の威力は絶大だ。お兄さんはますます嬉しそうな顔をして、ルンルンと跳ねるような足取りで去ていった。
「2百円」
お兄さんがいなくなると、リーナがそう言ってレオに手を差し出してきた。
「あれっ? リーナ、今お金払ってた?」
お金をやり取りしていたようには見えなかった。レオが不思議に思うと、リーナは平然と答えた。
「ネットコインで払っておいた」
さすがである。
レオがお金を出そうとポケットに手をつっこむと、学が言った。
「ちょっと待て。このボード代は、ぼくとリーナで百円ずつ出すべきなんじゃないだろうか」
首をかしげるリーナ。
「……なんで?」
「ぼくらのばあさまのために必要なものだからだ」
「でもぼくのマシンの中に入れる物なんだから、ぼくも出すよ」
レオが言う。
「でも2百は3で割れないだろ」
2百円を3で割ると66・666666…………どこまでも6が続く。
3人で平等に払うのはむつかしいぞ。
うーん。
「2人は66円ずつ出してよ。残りの2円はぼくが出すから」
「いや、それを言うならレオは60円でいい。ぼくとリーナが70円ずつ出す」
レオと学があーだこーだと話していると、リーナはあっさり話し合いから抜けて、トトとしゃべりだした。
「トト、この近くに百円ちょうどでジュースが買える所ある?」
暑いからジュースが飲みたくなるのも仕方がないけれど、やっぱりリーナはちょっと勝手だ。
トトが近くのスーパーの地図を表示する。レオと学もリーナに店へと連れていかれた。
商品棚には、オレンジジュースとミックスジュースとそれから…… なんと、『ぷるぷる! 飲むプリンジュース』という謎ジュースが並でいた。
(変なジュース。だれがこんなもの買うんだろ?)
冷ややかにジュースを見つめるレオの前に、小さな手が伸びる。
「これ買おう」
って、リーナかいっ!
こんな変なジュースを選ぶなんてやっぱリーナはただ者じゃないよなと思っていたら、ばあちゃんの家に戻るとリーナはコップを3つ出してきた。レオの前で、クリーム色のどろどろした液体がコップに注がれる。
「まさかこれ、ぼくに……?」
コップを指さし震えるレオに、リーナがこくりとうなずく。
「飲んで」
(分けてくれるんだったら、ぼくの好みを聞いてよ~)
こんな謎なジュース、飲みたくない!
泣きたい気持ちになるレオに、リーナが真顔でせまってくる。
「飲んで」
こうなったらしょうがない! なんかイヤだけど、リーナがぼくにって言うんだから飲んでやろうじゃないか!
レオはコップを受け取ると、思いきってグイっと飲んだ。
「あれ? 思ったよりおいしいぞ」
それもそのはず。形はちがうけど、味はプリンの味なのだ。そんなにまずいわけはない。
「うん。もっとたっぷりん飲みたいくらいだ」
学も気に入ったようだ。
リーナはくすりともせず、手のひらを2人の方に出した。
「これでひとり百円ずつ」
「え?」
一瞬何のことだかわからなかったレオだけど、すぐにピンときた。
「あ! ほんとだ!」
2百円のブルーベリーパイと百円のジュースで、合わせて3百円。3百なら3で割れる。リーナは3人が百円ずつ出してちょうどになるように、ジュースを買い足すことを思いついたのだ。
「リーナって、天才じゃん」
無口で、ちょっと変わっていて、勝手なところがあるけれど、こんな風に感心させられたのは今日何度目だろう。嬉しそうにトトが叫んだ。
「リーナ、天才! ジーニアス! アブカリー!」
★ここで豆知識!★
レオたちはブルーベリーパイをリサイクルで手に入れたよね。でも、こうやって使わなくなったものをその形のまま使い回すのは正確には“リサイクル”ではなく、“リユース”って言うんだよ。
リサイクルというのは、古新聞からトイレットペーパーを作ったり、ペットボトルからもう一度ペットボトルを作り直すように、もう一度ほかの物を作る材料として使うことをいうんだ。
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