第6話 とんでもない提案・豆知識

 ラジコンに物を教えるなんてできるわけないと思うんだけど。


 まさかと思うレオにリーナは平然と言った。


「できる」

「どうやって?」

 レオの疑問に、リーナは質問で返した。

「でもその前に。その子の制御チップ、なに?」

「チップ?」

 首をかしげるレオに学が言う。

「中に入っている小さなコンピューターのことを聞かれてるんだ」

「え!? この中にコンピューター入ってんの!?」


 昔、ラジコンの中を開けたことはある。中には、リモコンの命令を受け取る受信機や、命令に合わせて車のスピードや向きを変えるサーボという装置が入っていた。

 でも、コンピューターなんて入っていたかなあ。


「パソコンが入ってるわけじゃないぞ。入っているのは、黒くて四角い石の乗った緑色の小さい板だ。電池を入れて動くおもちゃや電化製品にはだいたい入ってるから、レオなら見たことがあると思うんだが」

「ああ!」

 レオは、光らなくなった変身ベルトや、音が鳴らなくなった電子タイマーを分解した時のことを思いだした。緑の板、入ってたぞ。


「で、それがどうしたの?」

 学はラジコンを裏返して、ラジコンの製品番号の写真を撮った。

「リーナ。これでわかるか?」

 トトの画面がピコピコ光る。どうやら学の撮った写真から、リーナの知りたがっていることを調べているらしい。

 リーナはトトをのぞきこんで、ぽつんと言った。

「これだとプロセッサーの処理能力が足りない。残念だけど、やっぱり無理」


 どうやらラジコンのコンピューターは、思ったより性能が高くないらしい。リーナはあっさり部屋にもどろうとした。これから何が起こるのかとレオは楽しみにしていたというのに。

「ちょっと待って! なんで無理なの? 理由を教えてよ。もしかしたらどうにかできるかもしれないからさ!」

 食い下がるレオを、リーナは切り捨てるように言う。

「理由はもう言った」

 た、確かに!


 でもだからって、そんなにすぐあきらめるなんて。

「改造すれば何とかなる! かもしれないじゃん!」

 ないものは作る!

 足りないことがあれば、改造する!

 それが、工作好きの魂なのだ!

 それを聞いてリーナはポツリと言った。

「どうにかしたければ、ブルーベリーパイがいる」

「? ブルーベリーパイ……!? それが今、何の関係が……」


 ハッ!


 大まじめな顔で言っているけど、リーナは学のいとこだ。

 だとしたらこれは冗談で、とりあえずおやつにブルーベリーパイを食べようと言っているのでは……!?


「わかったよ。ブルーベリーパイ、買ってくる」

 これからどうするかは、まずおやつを食べてからだ!

 トトの画面がピカピカ光った。

「ラジコン用ブルーベリーパイ基板ビービーピー・ゼロイチゼロイチ! ゼイコミ、3千エンデス!」

「高いなっ! っていうか、ラジコン用ってなにっ? ラジコンに勉強させるだけじゃなくて、おやつも食べさせんのっ?」

 もしかして調教の時にごほうびとして使う、とかいう冗談だろうか?

「おやつ?」

 リーナがきょとんと首をかしげ、不思議そうな目でレオをのぞきこむ。


「レオ。ブルーベリーパイというのは、これだ」

 学がスマホに、緑のボードの写真を映す。

「ラジコンのボードをこれに替えれば、これまでにない機能を持たせることができるんだ」

「おお。それでラジコンが勉強するようになるってわけだな」

 なんてすごい。


 感心するレオの前で、リーナがにこ~っと笑った。

「楽しみ」

 うっ!

 リーナという子はめったに笑わないのに、たまにこうやってなんとも素敵な笑顔を見せるのだから厄介だ。

「タノシミ! イイデスネ! タノシミ!」

 トトまで画面をピコーンピコーンと楽しそうに光らせる。

「ちょ、ちょっと待って!」

(今これ、ぼくが買う流れになってるよね? でも、3千円は高すぎるぞ!)

 さっき買ってくると言ってしまったレオは、大弱りだ。


「電子工作、やってみたかった。でも、運動神経ないから何を作ってもどうせ操作できそうにないし、ねじをうまく留めたりする自信もなくて……これまでできなかった」

 リーナは、レオに電子工作へのあこがれを打ち明ける。


 何かを作る時の、あのウキウキするような気持ち。リーナの中にはあの気持ちがあるのだ。レオがいやというほど知っているあの素晴らしい気持ち。

 レオがすっかりまいっていると、学が、

「試しにやってみるにしては、3千円はちょっと高いな」

 と言ってくれた。

(助かった!)

 レオは思いきりうんうんとうなずく。

「高い……?」

 リーナは首をかしげる。

「いくらまでなら安くて、いくらからなら高い?」

 ううっ。3千円を高いなんて言っちゃ、カッコ悪いのか???


 と思っていると、

「いくらからとは言えないが、たとえば中古なら安いかもしれないな」

 と、学がスマホを操作しながら言った。

「ネット・デ・リサイクルに2百円ってのが出てるな。ただし送料は別だが」

「やすっ!」

 レオは思わずずっこけた。3千円と2百円、ちがいすぎないか?

 リーナは考えこむ。

「2百円なら安いのか……」

 その真剣な顔。リーナは本当に高いと安いの境目がわからないようだった。

(大丈夫かな? この子……)


「だが送料を入れると、もう少し高くなるな」

 そうやってリサイクル情報を調べている学の画面を、リーナが横からのぞきこむ。

「そのサイトなら、直接会って受け取ればいい。そしたら送料かからない」

 リーナは学のスマホの画面をトトに見せる。

「シュッピンシャ、プロフィール確認チュウ……プロフィール確認チュウ……」

 トトの画面がクルクル光り、突然ピカンと発光した。

「……直接交渉可能エリアの人物デス!」

「じゃあ2百円だけで手に入れられるってこと? やったね!」


 と言ってから、レオはハッとした。

「って、それはまずいでしょ!?」

「どうして?」

「だって、学校で注意されてるじゃん。ネットで知り合った人と会っちゃいけないって。危ないよ」

 インターネットの向こうにいる相手はどんな人かわからない。プロフィールやメッセージを信用して会うと、犯罪に巻きこまれることもある。注意が必要なのだ。

「ああ、学校」

 リーナはそれがどうしたといった調子で言いきる。

「大丈夫。ネットのことならわたしの方が詳しい。これ、買おう」


「ええっ!? だめだよ、だめだめ!」

 物作りには危険がつきもの。危ないと言われていることは、やってはいけないのだ!

 学もスマホを急いで操作する。

「会うのはやめておこう。待ってろ、送料を今調べるから」


 そんな2人の意見なんて、リーナはまったく聞き入れない。

「このサイト、身元の確認がすごくきびしいので有名。不審者はまず入りこめない。だから大丈夫。だよね、トト?」

 トトの画面がクルクル光る。

「サイト実績、サイト信用度、調査中……相手データ……サーバーの裏に回って確認シマス……」

(裏に回って!?)

 つまり表示されている以上の取引相手の情報を、勝手にサーバーに入りこんで確認しているのだ。

 なんかカッコいい。カッコいいけど……いいのか、それ!?

 リーナもトトもむちゃくちゃだ。

「コノ取引の安全性……99・999999パーセントデス! ダイジョブ! ノー・プロブレム! 괜찮아《ケンチャナ》!」


「ほら。思った通り」

 リーナはトトの画面を人差し指で、シュシュッとなぞる。

「なにが思った通りだよ! 危ないって!」

「せめてだれか大人について来てもらうなりしよう」

 学の意見にレオはうんうんと力いっぱいうなずく。しかしリーナはトトをポシェットにしまいながら言った。


「あ、ごめん。もう会う約束した。今から行かないと」


 ええー!

 リーナって、なんて勝手! なんて怖いもの知らずなんだー!


 こうしてレオたちは、ブルーベリーパイを受け取るため見知らぬ人に会いに出かけることになってしまったのだった。


★ここで豆知識!★

 レオのラジコンに入っているという緑色の板は、基板またはボードとも呼ばれるよ。チップと合わせて、マイコンと呼ぶ人もいるよ。

 これのおかげで、機械に複雑な機能を持たせることができるんだ。

 たとえば同じ冷蔵庫でも、冷凍室の中の物は凍るのに冷蔵室の中の物は凍らないよね。それは、それぞれの部屋の温度をマイコンがセンサーを使って見はって、ちょうどいい温度になるように調節しているからなんだ。

 スイッチを入れたら冷えるだけという単純な物ならマイコンなしでも簡単に作れるんだけど、ちょうどいい温度に調節するという複雑なことができるのはマイコンのおかげなんだね。

 同じような仕組みが、エアコンやこたつ、アイロンにもあるよ。

 他にも、色んなところでマイコンは使われているよ。

 時間を管理しながら温度を変えるという働きをすることで、自動でごはんが炊けるようにしたのが炊飯器。センサーで人が来たことがわかったら扉を開けるという働きを自動ドアの中でしているのもマイコンだよ。

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