六章 帝都決戦
第69話 開戦
「やあやあ我こそはカーン領領主クァンなり! 勅命により、ボイスナー領に巣食う逆賊を誅すべく参った!」
御前会議からしばし経ち、季節は五月になりました。
ボイスナー領東端の関所の前方に、クァンさん率いる騎士部隊が布陣していました。
「数は五十ほどですね。想定の範疇です」
「じゃあ作戦は変更なしだな」
「うん。僕は一足先に行って来る。皆も気を付けてね」
「なに言ってるの、一番危ないのはヴェルス君でしょ? 私達より自分の心配をしなさいな」
「そ、そうだね……」
何だか締まらないやり取りをして、ヴェルスさんは関所の前に出て行きました。
他のハスト村組の皆さんも各自移動を始めます。
関所前では、十メートル以上の距離を置いてヴェルスさんとクァンさんが相対していました。
「お初にお目にかかります。僕がポイルスを殺したヴェルスです」
「ほう、自分から出て来るとは殊勝だな。何が狙いだ?」
「交渉をするためです」
「交渉だと……?」
クァンさんは訝し気に問いかけました。
それにヴェルスさんは堂々と答えます。
「ええ。今年からは昨年までより三割多く税を納めます。ですので僕による統治を認めていただきたいのです」
「何を言うかと思えば、下民の分際で領地を持ちたいとはな……。クッ、ハハハハハッ、戯言もここまでくれば笑えるな!」
一頻り大笑いすると、心底馬鹿にしたような口調で言いました。
「貴族を
「ですが、そちらにも利益があるはずです。一度持ち帰って武帝陛下と話し合ってみてください」
「ふん、貴様の魂胆はお見通しだ。どうせその隙に姿を晦ませる気だろう? その手には乗らんぞ」
「そんなつもりはありません。それなら交渉を持ちかけるはずが──」
「くどい。そもそも陛下の勅命を無視など出来ぬ」
交渉の決裂が宣言されました。
元々この交渉は成立しないと予測されていたため、ヴェルスさんに落胆はありません。
クァンさんと視線をぶつけ合い火花を散らしています。
「言いたいことはそれだけか? ならばここで討ち取るのみだ!」
クァンさんが馬上で剣を引き抜きました。
華美な装飾の施されたそれを遠方のヴェルスさんに突き付けながら叫びます。
「
彼の号令に従い、配下の騎士さんが数名飛び出しました。
その者達に共通するのは《気配察知》が苦手なこと。
ヴェルスさんの気配が《潜伏》で隠されていることに気づけず、浮ついた気持ちのまま斬りかかります。
「こうなるだろうとは思っていましたが、残念です」
先陣を切る四人の騎士さんが数メートルの距離まで来た瞬間、ヴェルスさんが足を踏み出しました。
一歩目はゆったりと、しかし二歩目から最高速となる特殊な歩法。
急激な速度変化で騎士さん達の意識を置き去りにして距離を詰めます。
瞬刻の交錯。
直後、彼の傍を走り抜けた騎士さん達は、糸が切れたように馬から崩れ落ちました。
「なっ、速っ!?」
姿が消えたと錯覚するほどの早業にクァンさんは瞠目し、血飛沫を上げる部下達に目を奪われ、ヴェルスさんに目線を戻したその時にはもう手遅れでした。
歩法と卓抜した《敏捷性》との相乗効果により、瞬きの間に距離をゼロにしての鮮やかな一閃。
クァンさんは着込んだ黄金の鎧ごと、袈裟懸けに斬られて上半身をずり落ちさせました。
「次はあなた方です」
「「「……う、うわああぁぁっ!?」」」
脅しの言葉を聞き、残された騎士さん達は総崩れになりました。
方向転換して馬を走らせ逃げて行きます。
彼らより遥かに強いクァンさんが瞬殺されたのですから無理からぬことです。
無論、彼らとて多少の苦戦は覚悟して来ています。
だからこそ《潜伏》を使っていることに気付き、先程の開戦の号令があっても様子見をしていた方が多かったのです。
しかし、相手の実力が高位貴族以上というのは彼らの予想を軽々と超えていたのでしょう。
「あなたでいいですかね。少しよろし──」
「わあぁぁぁっ、殺されるぅっ!?」
ヴェルスさんは騎士の一人に追いつき、走る馬に並びます。
錯乱した騎士が振るった剣を、首を傾けて躱して言葉を続けます。
「暴れないでください。大人しくしてくだされば殺しませんから」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
ですが騎士さんは叫ぶばかりで会話が成立しません。
仕方なくヴェルスさんは馬の体を持ち上げて騎士さんを落馬させます。
「ぐえっ」
「良いですか、落ち着いてください」
「ひぁっ、はっ、はいっ」
馬を担いでいるのとは逆の腕で颯剣を突きつけられ、騎士さんはようやく話を聞く姿勢になりました。
「これを武帝に届けて欲しいのです」
ヴェルスさんが取り出したのは一枚の書状。
「そ、それをすれば見逃してくださるんですか……?」
「はい、約束します。その代わり必ず届けてください。途中で捨てたり渡さず逃げたりすれば殺します」
「ひぃっ、わっ、分かりました!」
それから馬に乗せてその騎士さんを帰し、自身も関所に戻ります。
そしてホッと一息吐きました。
「……上手く行きますかね?」
「さあ、どうでしょう。今の段階では不確定要素が多いですから」
そんなことを話している内に、ロンさん達も帰ってきます。
「はあ、数人相手する羽目になったわ」
「こっちには来なかったな」
彼らには逃げた騎士さん達がボイスナー領に侵入しないか監視をしていただいていました。
野盗になられては困りますからね。
「一応、全員引き上げたのは確認したが見落としはねぇよな、師匠?」
「大丈夫ですよ」
「それでは作戦を進めましょう」
頷き合った弟子達は、関所を後にしたのでした。
◆ ◆ ◆
「──であるために、クィート鉱山の採掘権を譲渡するようお命じいただきたいのデス、陛下」
「よかろう、後で勅状をしたためておく。下がってよい」
「ははーッ」
帝都の中心に座す帝王御殿。
畳敷きの謁見の間にて。
武帝に謁見していた『富豪商』ゼニックは、畳に両手と頭を付けて深く礼をした。
そして退室するべく立ち上がりかけたところで三つの気配が近付いて来る。
「陛下! 至急お耳に入れたいことがっ」
ドタドタと入って来たのは三人の騎士。
二人は帝王御殿の護衛騎士だが、最後の一人は何日も遮二無二走り続けたかのように汚い身なりをしている。
「陛下の御前ですよ、何事ですか?」
宰相の言葉に護衛騎士は背筋を伸ばし、要件を伝える。
「先程、帝王御殿にこの者が駆け込んで来まして。そしてボイスナー領に赴いたクァン殿が討ち死にされた、と」
武帝達の間に動揺が生まれた。
当然だ。通常の領主ならばいざ知らず、高位貴族が平民に敗れるなど前代未聞なのだから。
「それは
「はっ、
そう言って宰相メイジェスに書状を手渡す。
宰相はそれを武帝の前で広げて見せ、すると武帝の顔はみるみる赤く染まっていった。
「
武帝は怒鳴り声を上げ、書状を千々に引き裂いた。
宰相や『富豪商』ゼニックは彼の癇癪にも慣れたものだが、騎士達は震え上がってしまっている。
「……
「どうもこうもないわッ。我のことを部下頼りの臆病者などと愚弄しおって……! 次は六鬼将を送って来いだとッ? 舐めるのも大概にせんかッ!」
宰相の問いに、武帝は怒り心頭の様子で答えた。
「では陛下、ミーがその賊を討って──」
「莫迦を言うな! これで六鬼将だけに任せては我が本当に腰抜けであるようではないかっ。奴はこの手で屠ってやる。メイジェス、
されど宰相は思案気な顔をして具申する。
「しかしその明け透けな文面、罠であるやも──」
「構わんッ。いかな罠があったとて我を殺せようものか!」
「……仰る通りでございます。至急、準備に取り掛かりましょう」
微笑の仮面で内心を隠し、宰相は恭しく頷いたのだった。
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