第70話 出陣

「お久しぶりです、ゼニック殿。何やら慌ただしいが何かあったのですか?」

「おやおや、これはこれはパルド殿ではありませんカ。それがですね──」


 『富豪商』ゼニックは先程の謁見室での一幕を語った。

 野暮用で武帝に謁見していたところ、突如やって来た騎士からクァンの死が知らされたのだ、と。

 それを聞いたナイディンの兄・パルドは、寝耳に水といった表情を浮かべ驚いた反応をする。


「何とっ、そのような事が……しかし、にわかには信じがたいですな。高位貴族が討ち死にとは」

「ミーも同感。しかし、陛下の命令ですからネ、動くほかありませんヨ」

「六鬼将を集めるのでしたな。皆さま奔放に過ごしておいでですし、居場所を探すだけでも骨が折れましょう」

「いえいえ、実を言うとそれほどではないのですよネ。王太子も宰相も帝領におられますし、『創魔匠』と『氷像婆ひぞうば』には定期的に物資を送っています故、担当の者に伝令をさせれば済むのです。探す必要があるのは『嗜虐公』だけなのですヨ」


 そこまで言ってから、ふと思い立ちゼニックは訊ねる。


「そう言えば、パルド殿は何用で帝都に留まられているのデ? 御前会議からしばらく経ちますガ?」

「いえ、一度領に戻ったのですが、その後で帝都に忘れ物をしたことに気づきましてとんぼ返りしたのです。それでせっかくだからと息抜きを」

「ホウホウ、何とも羨ましい限りデス」

「ハハハ、これは手痛い」


 ゼニックの嫌味に苦笑するパルド。


「では、これ以上勅命の邪魔をしてもいけませぬ。そろそろおいとましましょう」

「ミーの分まで休暇を楽しんでくださいネ」


 それから会釈をして別れ、パルドは帝都の別邸に帰った。

 門をくぐるとバラッド領から連れて来た使用人達に迎えられる。

 そして集まった彼らにパルドは告げた。


「クァン殿の敗報が届いたようだ。そろそろ支度・・を始めてくれ」


 その言葉が合図だと使用人達は理解していた。

 使用人の中でも特に信を置けるとして選出された彼らには、今回の計画も知らされているのだ。

 テキパキと準備を整えて行き、機を待ち出したのであった。




 それからおおよそ二週間後。


「今日、武帝陛下が出陣なされるらしいぞ」

「どっかの領主が殺されたんだってな」

「あははっ、ざまぁないわね。好き勝手してるからそうなるのよ」

「おいやめろっ、騎士連中に聞かれたらどうするっ」


 西門に繋がる大通りの脇で、帝都の民がそんな話をしている時だった。

 大勢の騎士達を引き連れ、武帝が通りの中心を行進して来た。

 数百名に上る軍勢の背後には砂埃が舞っている。


 武帝の左右と後方を固めるのは三人の六鬼将だ。

 右を歩む肥満体型の男が『富豪商』ゼニック。

 左を歩む腰の曲がった老婆が『氷像婆ひぞうば』イゼル。

 そして最後の壮年の男が『勇王者ゆうおうじゃ』にして王太子、ヴォルフ・トゥーティレイク。


「ったくよぉ、三人も連れてく必要あったのか? 親父しか戦わないってんなら付いて行くだけくたびれ損じゃねぇか」

「必要に決まっておろう。我を虚仮こけにした痴れ者には最大の絶望をくれてやらねばならん。我と我が配下の威容を示し、己がどれほどの存在に楯突いたのか教えてやるのだ」

「へいへい、分かってるよ、親父。でもミルケアの奴はいいよなぁ、サボってんだろ?」

「申し訳ございません、王太子殿下。伝令は出したのですガ、どうやら研究が佳境だからと断られたようでありましテ」

「ひぇっひぇっ。勅命を無視するとは、最近の若い子は肝が据わっておるのう」


 雑談をしながら武帝と六鬼将達は我が物顔で大通りを進む。

 普段から貴族の横暴に晒されている民衆は、その姿を見た途端に道を空けるため、その歩みに滞りは無い。


「奴が以前作った《薬品ポーション》の効果を引き延ばす《魔道具》、あれはそれなりに益となる物であった。メイジェスと同じく研究をさせる価値がある」

「そのメイジェスだけじゃなくレイズも帝都に残ってやがるじゃねぇか。あいつの代わりに俺様を置いときゃ良かっただろ?」

「貴族の主たる王族が姿を見せることが大切なのだ。我らの力と威厳を見せつけ、二度と後に続く愚者が現れぬようにせねばな」

「ああ、そうかよ」


 武帝達はやがて西門から帝都を出、騎士達もそれに続いた。


「…………」


 そんな彼らの行進を民衆の中から見守る男が一人。

 《レベル》も《スキル》も他の帝都民と何ら変わらない、平凡な男だったがただ一つ、所属だけが異なった。

 男は全ての騎士が帝都を出たのを確認し、それから自身の主の元へ戻る。


「陛下達は出征されました」

「報告ご苦労。では、当方達も出るとしよう」


 そうしてパルド達も帝都を出た。

 西門を出た彼らは、しかしすぐに進路を北西に取ったのだった。




◆  ◆  ◆




『しかし、いくら技を鍛えたとしても、武帝に勝てるほどになるでしょうか……』

『《ユニークスキル》を二つも持っているという噂も聞くわよね。あれって本当なのかしら』

『それは真実ですが、それ以前に《レベル》でも負けておりますぞ』

『《気配察知》がある以上、不意打ちも難しいだろうしな』

『やはり、正面から当たるのは厳しそうですね』


 そんな訳でヴェルスさん達は訓練期間中、解決策を何度も話し合いました。


 その中で出た具体案は二つ。

 一つは武帝を孤立させ数で囲んで倒すこと。

 そしてもう一つは──、


「そうですか。遂に武帝が出ましたか」

「チャンスですな、《大型迷宮》に攻め入る」

「ええ、ここからは時間との勝負です。全速力で《レベル》を上げましょう」


 ──《大型迷宮》を利用して《レベル》差を縮めることです。

 そのために挑発する内容の手紙を送ったのですが、面白いくらい簡単に騙せました。


「それから六鬼将が二人、警備に残っているようです。油断なさらぬよう」


 私達の居る帝都近傍の村へ来たパルドさんが忠告をして下さいます。

 彼には帝都で武帝の動向を窺いつつ、出陣したら知らせるよう頼んでいたのです。


「はい。僕らも細心の注意を払う所存です。この日のためにずっと準備をして来ましたから」


 ヴェルスさんの言葉に仲間達が頷きました。

 それを見てパルドさんはふっと頬を緩め、


「それでは、行ってらっしゃいませ。ご武運をお祈りしております」


 と見送ってくださりました。




 日の高い内に帝都内に入ったヴェルスさん達は、周囲が寝静まった頃に動き始めました。

 領主組の案内で帝王御殿という立派なお屋敷に赴き、三手に別れて警備の騎士を暗殺しながら侵入します。

 私はヴェルスさん、ナイディンさん、ガロスさんの組に同行中です。


 かつてのポイルス氏襲撃を思い出す手際の良さで進むこと十数分。

 ヴェルスさん達の前に、屋敷内でも飛び抜けて強い者が現れました。


「オーイオイオイオイ、気持ちよ~く寝てたってのによォ、怪しい気配がウロチョロしてっから目ェ覚めちまったじゃねぇかァ。オメェら何者だァ?」


 長い黒髪を後ろで一つに束ねたその男性の名は、『嗜虐公』レイズ。

 ヴェルスさんの父親を殺した六鬼将でした。


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 新連載も始めたので、興味を持っていただけましたらこちらもご一読いただけると幸いです。

『地味なスキルが地道な努力で燼滅スキルに化けた件 ~騎士団長を目指していたのに”戦略兵器”と呼ばれています~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330653231646215


 おっさん仙人の更新もこれまで通り行う予定ですのでご安心ください。

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