第68話 御前会議

 ドリスさんとの訓練は熾烈を極めました。

 種類の豊富な〈魔術〉を《職業スキル》による制御で変幻自在に操る彼女は、百以上もの攻撃パターンを持ちます。


 一つに対応できたとしても、すぐに別の攻撃が。

 それに対応してもまた別の攻撃、別の攻撃、そして忘れた頃に最初の攻撃。

 威力も速度も生半なまなかではない猛攻に、ヴェルスさんは大層苦戦させられていました。


「また新しい攻撃ですっ」

「この沼は……弱体化デバフか!」

「お集まりください、私が解除します!」

「攻撃継続、沼を排除する」


 けれど、人は学習する生き物です。

 激戦の中で『未知の攻撃への対処法』を身に着け、磨き、実戦レベルに昇華させました。

 最終日である今日ともなれば、初見の攻撃にも冷静かつ迅速に対応できています。


「今だ、行けッ」

「ハァァァ!」


 絶え間なく放たれる〈魔術〉の隙を突き、ヴェルスさんが死角から一気に駆け寄ります。

 巨竜は迎撃しようとしますが、


「させるか、〈遠牙おんが〉!」

「〈息吹斬〉!」

「〈アイアンショット〉」


 他の皆さんの〈術技〉に阻まれて十全には行えません。


「《疾颯》起動!」


 そして颯剣の《装備効果》を発動させ、一気に間合いを詰めます。

 巨竜の迎撃を紙一重で掻い潜り、そして彼我の距離が数メートル程になったタイミング。


「〈竜爪斬りゅうそうざん〉!」


 鋭い踏み込みから放たれた、一振りの〈上級剣術〉。

 威力・剣速・射程を満遍なく伸ばすその〈剣術〉が、巨竜の喉笛に付いた珠へと喰らい付きます。

 それから一拍後、パキンッという音と共に球は両断されました。


「おめでとうございます、皆さんの勝利です」


 それを聞いた弟子達は感極まったように抱き合い、歓声を上げてました。

 ヴェルスさんなどは胴上げまでされています。


「うぅむ。負けてやるつもりなど無かったのじゃがな」


 巨竜がどろりと崩れ去り、出て来たドリスさんが言いました。

 全力では無かったとはいえ、負けたことは悔しいようです。


「お付き合いくださりありがとうございました」

「む……うむ、良きに計らえ」


 そんな彼女は、弟子達に頭を下げられ少し恥ずかしそうにしました。


「さて皆さん、訓練はこれで終了ですが本番はまだ残っています。気を緩め過ぎないように」

「そうじゃな、短い期間じゃったが修練に手を貸した仲じゃ、お主らが死ねばワシは少し悲しい。アーラも無理はするでないぞ」

「大丈夫。皆となら、無理じゃない」


 弟子達が力強く頷きます。

 共に死線を潜り抜けたことで結束を強めていることが分かりました。

 こうして、最後の訓練は終わりを迎えました。




「それではお気をつけて」


 訓練終了後、軽く水浴びして汚れを落とし、同盟を結んだ領主さん達が帝都へ向けて旅立ちました。

 それを見送ったヴェルスさん達も、ただ座して待っているだけではありません。


「そんじゃ俺らも行くか、隠れ村」

「そうね、決戦までに少しでも《レベル》を上げましょう」

「僕も仕事・・が終わったらすぐに合流するよ」


 領主組が御前会議に出ている間、ヴェルスさん達はフリーになります。

 僅かでも勝率を上げるため、各々が行動を開始しました。




◆  ◆  ◆




 帝王御殿の一画、普段は使われる事のないその一室に、国中の領主が詰め寄せていた。

 入口付近には《小型迷宮》を擁する領主が、最前列には高位貴族が整然と並んでいる。


 御簾みすを挟んだ向こうでは骨と皮だけの老人、武帝が堂々と鎮座していた。

 その脇には宰相メイジェスが控え、さらに護衛として六鬼将が一人と騎士が数人はべっている。


「よくぞ集まった。面を上げよ、皆の衆」


 掠れていながらどこか威厳のある、武帝の声が広間に響いた。

 畳張りの会議場にところ狭しとつどった領主達は、その言葉からきっかり三秒を置いて頭を上げる。


「では、此度の会議を始めよう。メイジェス」

「ハハッ、お任せを」


 武帝より進行を任された宰相が一礼し、一歩進み出た。


「では通例通り出席者の確認から執り行いましょう。カーン領領主クァン殿」

「ここに」


 まず呼ばれたのは高位貴族の一人。

 その後も高位貴族が一人ずつ名を呼ばれ、返事をし、それが済んだら通常の領主に移る。


「ボイスナー領領主ポイルス殿」

「「「…………」」」


 それまでは滞りなく進んでいた出欠確認だが、今回は動く者が居なかった。

 しばらくの沈黙の後、宰相が口を開く。


「おやおや、欠席の連絡は受けておりませんよ。無断欠席であれば貴族位剥奪となってしまいますが……」


 困った風に宰相が呟いたその時、部屋の後方に座る領主の一人が手を挙げる。


「失礼、宰相閣下。ボイスナー領のことで取り急ぎ、ご報告したいことが」

「発言を許可しましょう」

「あれは私が御前会議に向けて旅立った時のことでした」


 その領主に曰く、街道を走っていると一人の男に話しかけられたそうだ。

 仮面で顔を隠し、馬上から話しかけて来たその男は「ボイスナー領領主は自分が殺した。《小型迷宮》は使わせてもらっている。返して欲しくば倒してみろ」と言い、すぐさまどこかへ去って行った。

 領主は真偽を問いただそうとするも、男の乗る馬は恐ろしく速く、追いかけていれば御前会議に遅れると渋々見逃したのだとか。


「狂言で貴重なお時間を取ってはならぬと様子を見ておりました。しかし、ボイルス殿がこの場に来ていないのであるならば真実である根拠は充分と判じ、ご報告させていただきます」

「そうでしたか、結構結構。……陛下、いかがされますか?」


 意見を請われた武帝はゆっくりと口を開く。


「貴族に逆らう愚民に慈悲は要らん。潰せ」

「承りました。では、我こそはという方はいらっしゃいますか?」


 領主を殺した不届き者に天誅を下す領主を募ったところ、最前列に並ぶ一人の貴族を挙手をする。


「ここは吾輩にお任せあれ。ボイスナー領は我が領地の管轄の内」

「それではミゾー殿、お願いいたします。征伐後は報告にいらしてください」


 ミゾーと呼ばれたこの男はナパージュ帝国北西部、つまりボイスナー領周辺に勢力を持つ高位貴族だった。

 ボイスナー領もその勢力圏に含まれている。

 そのため、仇討ちの名目で好きなだけ略奪できるチャンスだと喜び勇んで名乗りを上げたのだ。


「では反乱の件はこれにて解決ですね。確認を再開します」


 領主の死など些事である、とばかりに会議は粛々と続く。

 その裏では誰もが故人を悼む……ことはなく、ポイルスの後釜に身内を座らせるにはどうすべきか、策謀を巡らせるのであった。

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