第67話 最後の試練

 バラッド領からボイスナー領に戻って来た頃には、《迷宮》行脚を始めてからおよそ一ヵ月が経過していました。

 隠れ村の最終守護者への挑戦権が回復したため再度討伐し、そして《迷宮》行脚をもう一周。

 二周目は第二十階層までの道程を無視できるため、一周目よりスムーズに進行できました。


「あーっ、今度こそ死ぬかと思った! さすがに二人じゃ無茶だろっ」

「だらしねぇな、ロン。あんな木偶にオレらが負ける訳ねぇだろ」

「フィスニルは一発直撃食らってんのに何でんなピンピンしてんだよ」


 一度倒した相手なので楽勝、とはなりませんでしたが。

 二周目では一度に戦う人数を減らし、二人一組で──アーラさん、ガロスさん、モルトーさんには三人組で──挑戦してもらったのです。


 単純計算では戦力は半減していますが、行動パターンをある程度把握できているためそこまで不利でもありません。

 実際、皆さん消耗はしつつも誰一人欠けることなく旅を続けられていますしね。

 四、五人で挑むよりも《経験値》が増え、ボイスナー領に戻って来る頃には皆さん《レベル65》前後になっていました。


「よう、また一段と逞しくなったな、ヴェルス様」


 領都に帰還した私達は、まず鍛冶師組合に足を運びました。

 目的はもちろん、《装備品》を受け取ることです。


「あはは、ありがとうございます。それで依頼の品なんですが……」

「おう、頼まれたもんは全品完成してるぜ、付いて来な」


 出迎えてくれた鍛冶長の案内の元、組合の倉庫に赴きました。


「こっから向こうまでがヴェルス様達のだ。どれが誰のか説明は要るか?」

「いえ、結構です」


 《装備品》の作成に当たっては皆さん、一通りの聞き取りを受けました。

 そのため、どれが自分の物なのかは察しが付くようです。

 迷いなく各自の《装備品》を抱え、そして試着部屋に移動します。


「どうでい、仕上がりの方は」

「いいな、これ、めっちゃいいな! 動きやすいし《パラメータ》補正も上がってるしで最高だ!」

「ええ、はっきり分かるくらい体が軽くなったわ」

「いい腕だな。某の領の最も腕の立つ鍛冶師でもここまでの物は作れない」


 新装備は大絶賛されました。

 《迷宮》行脚一周目で集めた素材や狩人さんから買い取った希少な《ドロップアイテム》を元に、鍛冶師組合が総出で作り上げた物であり、全て《ランク5》以上なので当然と言えば当然なのですが。

 しかし、ヴェルスさんだけは顔を曇らせています。


「この濁剣ともここまでか……」


 柄を撫でつつ寂しそうに呟きました。

 ヴェルスさんがハスト村に居た頃から使っていた濁剣ですが、こちらも今回、新調することになったのです。


「ヴェルス様、あんま気を落とさないでくれよ。《装備品》てのは成長と消耗で何度も買い替える物だぜ」

「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。師匠に剣技を習い、仲間と協力して素材を手に入れたので思い入れはありますが、いつかは買い替えることも分かっていましたし。それに、感傷を優先して準備を怠ったりはしませんよ」

「ならいいんだがな」


 そう言った鍛冶長はヴェルスさんが新たな得物、青と薄緑の刀身を持つ長剣へと視線を移しました。


「それより《風光の颯剣そうけん》の具合はどうだ? 《装備効果》は要望通り《敏捷性》特化になってるはずだが。重心に違和感があったりしねぇか?」

「……はい、大丈夫です。本当に濁剣そっくりに作ってくださったんですね。初めて握ったとは思えないくらい手に馴染みます」


 人のいないスペースに移動し、数度素振りをしたヴェルスさんは言いました。

 鍛冶長は満足そうに頷いています。

 ここに至るまでに相当な苦労があったのが見て取れました。


 颯剣のベースとなった素材は、初めてバラッド領に向かう道中、ヴェルスさんが倒したイタチの変異種です。

 風の力を纏って戦うイタチさんの腕刃と、その中型迷宮で手に入った相性の良い素材をベースにすることで、驚異的な《敏捷性》補正を実現。

 それに加え、瞬間的にとはいえ《敏捷性》をく増幅倍率強化させる《装備効果》も付いています。


 生体素材と複数の高位素材とを掛け合わせ、さらに濁剣と同じ比重へと加工するのは、〈鍛冶術〉に専用の〈術技〉があるとはいえ容易ではなかったでしょう。


「そいつぁ苦労した甲斐があったぜ。まっ、この国を変えてくれるんならこんくらい大した苦でもねぇがな。頼んだぞ、領主様方」

「ええ、絶対に成し遂げて見せます」


 そうして決意を新たにしたところで、私達は屋敷に移動しました。

 集中訓練の開始から三ヵ月弱が過ぎ、雪は融け花は綻び春の訪れがそこかしこから感じられます。

 御前会議はもうすぐそこ、帝都に向かうまでの移動時間を考えると、残された訓練期間は一週間といったところでしょう。


 《小型迷宮》第一階層の人気ひとけのない区画にて、弟子達を集めて最後の訓練内容を言い渡します。


「最後の一週間は強力な一個体との集団戦闘技術を鍛えてもらいます」

「てことは師匠とやんのか?」

「いえ、私では攻撃の系統が偏ってしまうのでこの鍛錬の相手には向いていません」


 結局のところ、私は凪光を振るうことしかできません。

 肉弾戦や《具心具召喚》を使えばレパートリーは多少増やせますが、それでは特殊過ぎて参考になりません。


「という訳で特別講師をお呼びしています。どうぞ」

「ようやくワシの出番じゃな」


 ざわり、と主に領主さん達の間に緊張が走りました。

 近付いて来た黒髪の童女、ドリスさんの気配に驚いてしまったようです。


「そう言えば領主の方々は初対面でしたね。こちらが皆さんの訓練相手であるドリスさんです」

「うむ、手加減は不得手であるがお主ら程度であれば手元が狂うこともない。安心してかかって来るが良い」


 自信満々に胸を張って言い切りました。


「な、なあ、この子は一体何なんだ……?」

「私の故郷にて非常に神聖なお立場でいらっしゃる御方です」


 恐々と訊ねるフィスニルさんにそう答えます。


「ぶ、武帝陛下との戦いには……」

「ああ、ワシは参加せんぞ。ヤマヒトとは人を殺さぬと約束したし、武帝とやらにも恨みはないからの」

「そういうことです」


 ドリスさんが人を殺すことは出来る限り避けたいです。

 少なくとも、彼女自身が強くそれを望むまでは。

 一度殺してしまっては、タガが外れてしまいかねませんから。


 領主さん達も、こんな幼子に人を殺させるのは躊躇われたらしく、特に異論は上がりません。


「さて、ワシも暇ではないし早速始めようかの。〈ディスペアスソーク〉」


 暗黒が滲み出しました。

 虚空より現れたソレらは意志を持っているかのように流動し、ドリスさんを中心に集い、そして巨大な一塊ひとかたまりとなります。

 やがて変形を終えたそれは、黒い竜の姿をしていました。


「《職業スキル》と言ったか、これはまことに軽便じゃのう。このような融通、以前は利かなんだ」


《闇呑む闇》闇王専用職業スキル:闇の〈魔術〉に干渉し、自在に制御することができる。干渉された〈魔術〉は効果が落ちる。


 無際限に広がる暗黒が全てを挽き潰す〈超越級魔術:ディスペアソーク〉。

 本来は粘土をこねくり回すような使い方はできませんが、《職業スキル》でそれを可能にしています。

 そのせいで単純な性能は《特奥級》相当にまでグレードダウンしたものの、模擬戦にはそのくらいがちょうど良いでしょう。


「闇竜の首にある珠を砕けばお主らの勝ちじゃ。さあ行くぞッ」


 開戦の合図を出すや、闇の巨竜が腕を振るいます。

 爆ぜる地面、刻まれた深い爪痕。

 ですが狙われていた弟子達は、すんでのところで回避しました。


「うおおぉぉっ、殺されるぅっ!?」

「次、尻尾だっ、来るぞっ」


 皆さん必死の形相で、巨竜の一挙手一投足に見入っています。

 即死しない威力に抑えられてはいますが、無策で受けては大怪我は免れない威力はあるのです。


「〈飛断〉ッ」

「〈フレイムバースト〉」

「効いてねぇっぽいぞっ!?」


 遠距離〈術技〉が体表で弾き返されたのを見て悲鳴に似た叫びが上がります。


「さあ抗え、ニンゲン共ッ。ワシの〈魔術〉を打ち破ってみせよ!」


 ノリノリのドリスさんを後目に、私は近寄ってきた《迷宮》魔物を排除するのでした。

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