第64話 作戦会議

「おっ、ヴェルス様じゃねぇか。久しぶりだな」

「ご無沙汰しております、狩人長」


 ガロスさんを説得してから三日。

 旅の仲間にガロスさんを加えた私達は、ボイスナー領の領都に戻って来ていました。

 久々に訪れた領都は以前にも増して賑わっており、狩人長も忙しそうにしています。


「そういや、他領からやって来たモルトーって人がヴェルス様を探してたぜ。俺よか気配がデカかったから気を付けてくれよな」

「安心してください、彼を呼んだのは僕ですから。これからのことに協力してくださることになっているのです」


 モルトーさんというのは、ヴェルスさんとナイディンさんがスカウトした領主さんのことですね。

 娘を王太子に殺された怨恨から革命にも助力いただけたそうでした。

 同盟締結後、ガロスさんの領に向かうヴェルスさん達とは別れ、一足先にこの領都に向かっていたとか。


 そのモルトーさんの居場所を聞き、そこへ向かいます。

 場所は懐かしの宿。

 私やヴェルスさん達が初めて町を訪れた際、宿泊したあのお店です。


「強い気配だと思って降りて来てみれば、やはりヴェルス君でしたか。仲間集めは順調そうですな」


 扉を開けると、白髪の混じる男性が出迎えてくださいました。

 柔和な表情と垂れた目元からは優しげな印象を受けます。

 この一見して温厚そうな人物がモルトーさんです。


「はい。お陰様で、予定していた領主の皆様から協力を得られました。ですのでこれから革命の本格的な準備に入りたいと思います」

「ほっほ、それは腕が鳴りますな」


 全盛期よりは衰えつつも、未だくっきりと残る筋肉を盛り上げて彼は言いました。

 本職は魔術師のようですが、洗練された身のこなしを見れば接近戦の心得もあるのは明らかです

 得物が杖であることから、《棒術》もかなり習熟していると予想できます。


 そんなモルトーさんとその従者さん──フィスニルさん以外は、一人ずつ側仕えを連れてきています──を連れ、私達は屋敷に向かいました。

 訪ねて来た商人さんと鉢合わせしては不味いので、裏口から中に入ります。

 《小型迷宮》に挑む人が使っているのもこちらの出入口です。


 道すがら執務室に立ち寄って挨拶や領主さん達との顔合わせを済ませつつ、会議室に着きました。

 普段は使われていないその部屋で、車座になって顔を突き合わせます。


「辺りに気配はありませんよ」

「それでは、これより計画の詳細を詰めて行きましょう」


 ヴェルスさんの言葉で皆さんの姿勢を正しました。


「三か月後の御前会議、ここでポイルスの死を隠すことができればもう一年、時間が稼げるのですが何か案はありますか?」

「……無理じゃねぇか?」

それがしも同感だ」

「貴族の《個体名》は全て記録されておりますし、並大抵の偽装系《スキル》は通じませんしなぁ」


 この世界の生物には、生まれながらに《個体名》が与えられています。

 そのためほとんどの人間は、自身の《個体名》を名前として扱っているのです。

 私は転生者なので前世の名前を《個体名》に設定できましたが。


 しかし一般には《個体名》は選べませんし、そして自由に変更することもできません。

 ヴェルスさんは”ヴェルス”を名乗っていますが、《個体名》は”ヴェルスタッド”のままです。

 そういった性質から、この帝国では《個体名》を個人認証に利用しているそうです。


 全世帯の戸籍謄本を作るほど先進的ではありませんが、貴族には子供の《個体名》を届け出る義務があり、これによって記録されている者のみが貴族として認められます。

 なので適当な影武者を立て「前領主の隠し子なので領主を継がせてください」と申し出させても門前払いを食らうそうです。

 帝都の鑑定魔道具はとても《ランク》が高いそうですし、それを欺けるほどの偽装系《スキル》持ちが見つかる可能性は極めて低いでしょう。


「やはり無理ですか。では次に、御前会議への対応について考えましょう」

「会議の前に奇襲をかける、ってのは無茶だよなぁ」

「さすがに他の貴族や六鬼将達を同時に相手するのは厳しいだろう」


 当然ながら帝都には相当数の貴族や騎士が存在します。

 六鬼将も常に一人以上はいるとか。

 武帝さんとの戦いに横槍が入ることは確実です。


「やっぱ無視がいいんじゃねぇの? 何があったか調べられるだろうがバレるのは遅れるだろ」

「そうですな。それで開戦を一月ひとつきは遅らせられるでしょう」

「問題は陛下が実際にどう動くか、だな。近場の貴族に任せるのか、六鬼将を出してくるのか、陛下が直々に出陣するのか」


 それから皆さんで様々な可能性を論じ合いましたが、結論は『その時になるまで分からない』に落ち着きました。

 想定される事態への対応をそれぞれ話し合い、そして本日の会議はお開きです。


「では、僕は仕事が溜まっているので失礼します。この後は師匠の指示に従ってください」


 政務のために執務室へ戻って行くヴェルスさんとそれに付いて行くナイディンさん。

 残された私達は中庭に移動しました。

 ここからは戦闘訓練の時間です。


「僭越ながら私が指南させていただきます」

「ようっやくっ体を動かせるぜッ。会議は肩が凝って仕方ねぇ」


 ゴキゴキと首を慣らしながらフィスニルさんが言います。


「失礼を承知で訊くがヤマヒトさん、あなたの指導はそれほど効果があるのか?」

「佇まいを見れば相当な使い手なのはわかりますが、私らも領主として弛まぬ鍛錬を重ねておりますれば。今更小手先の技術で何が変わるとも思えず、《迷宮》にて《経験値》を集めた方が良いのではないか、と思うのです」


 フィスニルさん以外のメンバーはこの鍛錬に懐疑的なようでした。

 とはいえお二人とも素直な性格ですし、言えば私の指示に従ってくださるでしょうが、一度実力を示しておいた方が割り切って訓練に臨めるでしょう。

 模擬戦を挟むことになりました。


 訓練用の武器を携え向かい合います。


「本当に二対一でよろしいのか?」

「ええ。合図はありませんので、どこからでもどうぞ」


 それからちょうど二十秒後。

 澄んだ金属音が決着を告げました。

 弾き飛ばされたモルトーさんの杖が中庭の地面に転がります。


「……お見事ですな」


 身体能力はフィスニルさんと戦ったとき程度に抑えていましたが、今回は訓練用の剣が使えたため、数的不利の条件下でもスムーズに勝利できました。


「なるほど、これほどの技を学べるのであれば、武帝打倒も夢ではないのかもしれん……。同盟の話、前向きに検討させていただこう」


 ガロスさんが言いました。

 以前、『異議は無い』と仰っていましたが、それは謀反を阻みはしないということ。

 失敗時のリスクを鑑みれば易々と乗れる計画ではなく、実情を把握するまでは反対はしないまでも賛同もできない、という立場を取っていらしたのです。


 しかし、今回の模擬戦で勝算を見出してくださったようです。

 こうして幸先よく、同盟領主さん達への指導は始まりました。

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