第63話 領主ガロス

「ともかく協力はできん。そのようなことをしては世が乱れる。貴殿らも即刻帰還し《迷宮》を封鎖すべきだ」


 定規でも入れているかのように背筋を真っ直ぐに伸ばした男性、ガロスさんはきっぱりとそう言いました。

 フィスニルさんと同じく三十台手前くらいに見える彼は、生真面目そうな四角い顔に険しい表情を浮かべています。


「ったく、相変わらず硬ぇ奴だな。いつまで古い風習に囚われてんだよ」

「何だとっ!!」


 フィスニルさんの失礼な物言いに激昂しました。


「そもそもフィスニル殿はどうしてそちらにおられるのだッ。それがしと同じ高位貴族ともあろう者がッ!!」

「あ゛ぁ? 別にそんなもん関係ねぇだろ。立場がどーこーじゃなく、オレぁ面白そうだからこっちに付いただけだぜ」


 《職業》配布や《迷宮》開放の話は、出会ったその日に伝えました。

 フィスニルさんは「強い奴が増えて面白くなりそうだ」と喜んで受け入れてくださいました。

 そのためにこの交渉の席でも私達側に付いてくださっています。


「……以前より無思慮な男だと思っておったが、よもやこれほどとは……貴族の風上にも置けん」


 それを聞いたフィスニルさんは「ヘっ」と鼻で笑いました。


「オレ達の革命が成功したらテメェのそういう考えこそ貴族の風上にも置けなくなるけどな」

「何?」

「だってそうだろ。《職業》や《迷宮》の恩恵を独占してる奴らなんて後世じゃとんだ業突く張りだって言われるだろうぜ」

「貴族を侮辱するのもいい加減にしろッ。《職業》のような強大な力を無闇に与えてはどうなるかなど、少し考えればわかるだろうッ。力を得て増長した者は弱者から奪うようになるッ。その被害を受けるのは《職業》を持たない無辜の民だッ!!」


 痛いところを突かれました。

 たしかに、《職業》を盗賊のような人種が得てしまえば、その脅威度は大きく上がります。


「《迷宮》だってそうだッ。魔物の強さが段階的に上昇する《迷宮》を使えば、自然界での狩りよりも容易に《レベル》を上げられるッ。そうなれば、《迷宮》の無い田舎の領民との格差は広がるばかりだッ!」


 ちなみにですが、私は今も《自然体》を拡張発動しています。

 ガロスさんの声でまた人がやって来ることはありません。


「だからこそ《職業》も《迷宮》も我ら貴族が管理しなくてはならないッ。そしてそうして培った力で民を賊や魔物の害から護るッ。それこそが優れた力を持たされている我らの責務のはずだッ!!」


 そうガロスさんの言葉は締めくくられました。

 ボイスナー領の前領主、ポイルス氏が処刑前に語ったのと大体同じような内容でしたね。


 しかし、明確に違うのは言葉に込められた熱意です。

 ポイルス氏が助かりたい一心でお題目を並べたのに対し、ガロスさんは真剣そのもの。

 民を護るという重責を常日頃から背負い、領主の仕事に臨んでいるのが窺えます。


「ガロス殿の仰ることはごもっともです。それは僕にも否定できません。ですが本当に、民達はそこまで信用が置けませんか? ……僕は、領民の皆さんは信用できると思います」


 ボイルス氏襲撃前に散々悩んだことなので、ヴェルスさんは淀みなく反論します。

 それにガロスさんは諭すように調子で話し始めました。


「少し、昔話をしてやろう。それがしがまだ領主になる前のことだ。剣の腕が立つ《ユニークスキル》持ちの平民が居てな、先代領主はその者を騎士に取り立てたのだ」


 騎士は基本的には貴族がなるものですが、《ユニークスキル》持ちなどの優秀な者は特例として採用されることもあります。

 ポイルス氏暗殺の折にはそう言った平民の騎士が協力してくださいました。


「たしかに、その者は強かった。《迷宮》も破竹の勢いで攻略して行った。しかし、性根は腐り切っていた」


 少しのあいだ目を瞑り、当時のことを思すようにしてから続きを口にされます。


「町では騎士の立場を笠に着て町民を脅そうとし、村を回れば婦女に手を出そうとし、終いにはそれらを咎めていた某を殴り飛ばしたのだ」

「その人はどうなったんですか?」

「そのまま領外へ逃亡したよ。関所に人相書きを送ったのだが、その時にはもう……。近隣の領と協力し捜索したが、結局その後の足取りは掴めておらん。今もどこかで暴力を振るっているかもしれん」


 脱線したな、と話題を戻すガロスさん。


「某も、平民の大半があのような無法の徒でないことは分かっている。だが、そういった輩が少なからず居るのも事実だ。だから君達の計画には賛同できない。あの男のような怪物を二度と世に放ってはならないからな」


 話している内に落ち着いたのか、沈着で重々しい口調で言い切りました。

 しかし、ヴェルスさんも引かずに口を開きます。


「悪人が横暴を尽くすことが許せないのでしたら、なおさら《職業》や《迷宮》を開放すべきだと思いますよ」

「何?」

「今現在、《迷宮》で《レベル》を上げた悪人が最低一人はどこかに居るのですよね」

「野垂れ死んでいなければな」

「ならば、その者に襲われたとき領民達が対抗できるよう、力を与えるべきです」

「だが、逆にそいつが《職業》等を得たらどうする。意味がないではないか」

「むしろ好都合です。人相書きが出回っているような重罪人でしたら、現れた際に捕縛できますから」


 誰にでも《職業》や《迷宮》を開放しているとは言え、それは一般人ならの話ですからね。

 《クラスクリスタル》の前にはいつも見張りを立たせています。


「それに先程仰ったではないですか、『平民の大半があのような無法の徒でないことは分かっている』と。ならば、誰でも平等に力を得られるようにすれば、突出した力を持つ悪人にも力を合わせて立ち向かえるはずです」

「…………」


 押し黙るガロスさんに向けて、さらに言葉を重ねます。


「それに魔物が領民達を襲っていることも忘れてはなりません。《職業》を得て《レベル》も上げられれば今よりずっと被害は減らせます」

「魔物など、我らがきちんと間引いておけば……」

「おいおい分かってんだろ? オレらがどんだけ駆けずり回ろうが取りこぼしは出るぜ。魔物の動き何て正確には予測できねぇからな」

「ぐぅ……っ」


 フィスニルさんの言葉にガロスさんは唸ります。

 あと一押しと察したヴェルスさんは、ずいっと前のめりになって畳みかけます。


「民に尽くしておられるガロスさんの手前でこんなことを話すのは憚られましたが。しかし、はっきり申し上げさせていただきます。現在の帝国は腐敗し切っています。他領の民は重い税に苦しめられ、横暴な貴族に虐げられています」


 それもこれも貴族に武力で敵わないからです。と、冷たく言い放ちました。

 帝国の惨状に見て見ぬふりをしていたガロスさんに反論はできません。


「少しでも国を想う心があるのなら。民を慈しむ心があるのなら。この状況を変えるために力を貸してください」


 天井を見上げ、そして何かを考えた後、


「……そう、だな。なるほどそちらに理がある。某は知らず知らずの内に怖気づいていたらしい。……相分かった、もはや異議はない」


 観念したようにそう言ったのでした。

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