第62話 ゴー・ウェスト

「ほら、取って来てやったぞ婆さん。これでいいんだよな」

「ええ、ええ、まさしく《死角鹿ホーンデッドディア》の角ですじゃ。これがあれば《死活の利薬》を作れますのう」


 町に戻ったフィスニルさんがまず訪れたのは町外れの薬屋。

 そこで製薬師の老婆に変異種の鹿さんの角を渡しました。

 何でも、薬の原材料としてこの鹿の角が必要だったそうです。


ぜにはこんくらいで足りるか?」

「領主様からお代をいただく訳にはいきませんわい。あの子の母親を助けたい気持ちは儂も同じ、他の素材は安価の物ばかりですしタダでお引き受けしましょうぞ」

「いいからもらっとけ。オレにとっちゃ端金だ」


 後のことを製薬師に任せ、フィスニルさんは薬屋を出ました。


「お優しいのですね」


 そこへ声を掛けます。

 用事が無かったので入口脇で待機していたのです。


「そんなんじゃねぇよ。《迷宮》も攻略しちまったし暇つぶしを探してただけだ」

「有り余る力を他者のために使えるのは素晴らしき善性だと思いますよ」

「大袈裟じゃねぇか……?」


 自分本位だという自覚のある彼は小首を傾げました。

 普段から世のため人のために生きようとはしておらず、今回も気まぐれで人助けしただけのため、今の言葉に納得しかねているようです。


「私にとってその差は大きい、ということです」


 請われれば基本的に誰でも指導する私ですが、最低限の分別はあります。

 さすがに快楽殺人鬼やポイルス領の前領主のような方に指導する気はありません。

 私の教えた技で犯罪に走られては困りますからね。


 その点、フィスニルさんにはきちんと義侠心や自制心があるので、技術を教える見返りに協力してもらうという取引ができました。

 パルドさんから聞いた通りの人物であったなら、もっと回りくどい方法で交渉することになっていたでしょう。


「ここがオレの屋敷だ」


 そんな話をしていると屋敷に着きました。

 塀を飛び越えたフィスニルさんに続いて中に入ります。

 騎士達も慣れたもので、少し覗いてフィスニルさんを見つけるとすぐに持ち場に戻って行きます。


「帰ったぞ」

「あらお帰り。隣の人は?」

「お初にお目にかかります、ヤマヒトと申します」


 事務仕事をしていた皆さんに挨拶をします。


「色々あってオレぁしばらく留守にすることになった」

「はいはい、今までも留守にしてたんですけどね。で、今度はいつまでくらいになるのかしら?」


 事務仕事担当の代表らしき、髪の長い女性が訊ねました。


「あー、どんくらいになるんだ?」

「恐らく二ヶ月後には一度帰れると思われます」

「らしいぞ」

「そ。じゃあこっちはこっちでやっとくから頑張ってらっしゃい」


 素っ気なくそう言って、彼女は自身の仕事に戻りました。

 フィスニルさんも用は済んだとばかりに踵を返します。

 色々と聞くべきことが残っているように思われましたが、当人達が納得しているのならそれでよいのでしょう。


 それから軽く旅の荷物を整え、領都を出ました。

 フィスニルさんは馬で、私は走りです。


 向かう先はボイスナー領。

 同盟に参加してくださった領主さん達を集め、訓練するためです。


 そして五日後、バラッド領の南方に位置するトークス領に着きました。

 ヴェルスさん達がスカウトに来る予定だった領地で、既にそれは終わっていたようなので、素通りしてさらに進みます。


 そこからもう五日ほどかけて着いたのはカヴォス領。

 ボイスナー領から南に数日行ったところにある領地です。

 ここもヴェルスさん達がスカウトに来る予定です。


「おや、この気配は。ヴェルスさん達も居るようですね」

「ようやくあんたの上司って奴に会えんのか。オレぁこのまま永遠に旅する羽目になるんじゃないかと思い始めてたぜ」


 フィスニルさんの皮肉は聞き流し、町の様子を見渡します。

 小山の窪地に作られたこの町は、一月という時季も相まって白雪に覆われていました。

 気温も氷点下ですが、私達の《防御力》なら問題にはなりません。


 相変わらず薄着のフィスニルさんは、信じられない者を見る目を向けらていますが、気にせず進んで行きます。


「動きが止まりましたね。恐らく謁見が始まったのでしょう」

「お、ちょうどいいな。屋敷の入口はもうすぐそこだぜ」


 彼は以前に一度屋敷を訪れたことがあるらしく、道も分かるそうでした。

 今回はきちんと正門側に回り、今来ているヴェルスさん達の連れであることを説明し、彼らの元に案内してもらいます。

 そんなときでした。


「貴族が《迷宮》管理の責務を放棄するとは何事かッ!!」


 壁すら震わせるような怒声が耳をつんざきます。

 案内人の騎士さんと一緒に、早足で声の元まで向かいました。


「落ち着いてくださいガロス殿、何も僕は貴族の義務を放棄しようとしているわけでは……」

「だとしても、だッ! 《迷宮》や《職業》を平民に明け渡すなど言語道断ッ!! それがどれほどの被害を生むのか」

「こ、声を抑えてくださいっ」


 危ないところでした。

 間一髪で《自然体》を拡張発動し、彼の言葉に他の騎士達の意識が向かないよう気配を殺させたのです。

 これがあと少し遅れていたら、少々面倒なことになっていたかもしれません。


 そして謁見室の前まで来ると、案内役の騎士さんがそそくさと扉を叩きます。


「どうされたのですかガロス様!」

「む、フーダか。いや、何、少し興奮しただけだ。入って良いぞ」


 扉が開かれ、私達三人で入室します。

 中では、畳の上で正座したガロスさんとヴェルスさんが対面していました。

 双方の顔がこちらに向き、ガロスさんが驚いたような表情になります。


「っ、貴殿はフィスニル殿かッ」

「ああ、久しぶりだな」


 御前会議でしか会わねぇから顔見てもわかんねぇ、とはフィスニルさんの言ですが、どうやらガロスさんの方は違ったようです。


「師匠!」

「ざっと約十日ぶりですな、ヤマヒト殿」

「お二人もお久しぶりです」


 私もヴェルスさん達に挨拶をしておきます。


「フーダ、君は下がって良い」

「畏まりました。失礼いたします」


 がららららトン、と扉が閉じられ、そしてガロスさんの顔が私に向きました。


「座りたまえ。君達も同じ用件で来たのだろう?」


 フーダさんが退室前に敷いてくださった、綿のふんだんに使われた厚い座布団の上に正座します。

 フィスニルさんは胡坐です。

 それから改めて自己紹介をし、話し合いを再開したのでした。

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