第56話 VS『創魔匠』

「《岩突》、起動ぉ」


 ミルケアさんの《魔道具》により、地面を突き破って石柱が飛び出します。

 気配を読めば避けるのにそう苦労はしませんが、問題となるのはその数。


 ゴーレムの残骸や騎士さんの死体など意に介さず、鋭利な岩が次々牙を剥くのです。

 息つく間もなく突き出す石柱に、ヴェルスさん達は思うように接近出来ません。


「《裂風》もあげるぅ」


 石柱の合間を縫って、風の刃が放たれました。

 当然、その間も石柱の攻撃は持続しています。

 風の刃の速度も相まって、回避し続けるのは困難です。


「威力はそこまでですね」


 防ぐだけなら苦労はしませんが。

 武器で受ければダメージはありませんし、防具に当たっても多少衝撃があるだけです。

 数度の攻撃で破損するほど、お二人の防具は柔ではないのです。


「じゃあ《輝環》も起動ぉ」

「まだ増えますかっ」


 それはさながら丸型蛍光灯でした。

 巨大で眩しい輪っかが空に浮かび上がり、そこから落とされるのは光の矢です。

 下方、前方に加え、これで上方からの攻撃にも警戒する必要が生まれました。


「三種もの攻撃を同時に!?」

「《魔道具》って凄いでしょぉ。どうせならもーっと増やしてあげよっかぁ?」


 などと言っているミルケアさんですが、これ以上攻撃の《魔道具》を増やすつもりは無いようです。

 《魔道具》は魔力操作の技量さえ追い付くなら、いくらでも同時使用が可能になります。

 そしてミルケアさんの技量なら、同時に八つまでは使用できるでしょう。


 しかし、攻撃魔道具を使うのならば魔力操作だけに意識を割いても居られません。

 戦況に注意を払いつつ、適切な攻撃地点を見極める必要があります。

 取り分け今回は敵が二人もいるので、戦闘に割かなくてはならない集中力も倍増です。


「むぅ、何でこれだけやって死なないのぉ?」

「質問したいのはこちらだっ。何故それだけの力を振るって魔力切れを起こさないっ?」

「さぁねぇ~?」


 それから、攻撃魔道具を扱う上でネックとなるのが、出の遅さと魔力消費の重さです。

 前者は術式簡略で解消していますが、後者を解決できるような《付加》は施されていません。

 利便性に《付加》の容量を費やし過ぎては、攻撃性能が確保できなくなるからです。


 ですので、ミルケアさんの大盤振る舞いの種は彼女自身の《ユニークスキル》にあります。


《ジョイントエクスペリメント》ランク4:了承を得ることで、対象と契約を結べる。発動者と契約者は、互いに互いの魔力を自身のものにすることができる。契約は発動者の意志で破棄できる。


 この《スキル》によって配下達の魔力を回収し、ほぼ無尽蔵に《魔道具》を使用しているのです。

 彼女の配下は既に全滅しましたが、死体から魔力が失われるのには時間がかかるため、この戦闘中に魔力切れを起こす可能性は低いでしょう。


「攻めるぞナイディンっ」

「ハッ」

「へぇ、接近かぁ。まあそうするしかないよねぇ」


 《魔道具》による猛攻を捌きつつ、アイコンタクトで意思疎通したヴェルスさん達は、タイミングを合わせて駆け出しました。

 狙いを分散させられるよう、左右に広がりつつ弧を描いて接近して行きます。


「接近戦は苦手なんだけどなぁ」


 一対一なら勝てると踏んだのでしょう。

 ミルケアさんは攻撃をヴェルスさん側に集中させ、ナイディンさんが先に到達するよう仕向けました。

 ナイディンさんもそれに乗り、一気に肉迫します。


「てやぁっ!」

「甘いですなっ」


 縦に振り下ろされた鞭をサイドステップで躱し、一歩前進。

 すぐさま振るわれる追撃も矛で防ぎさらに接近。

 独特で変則的な鞭の軌道を読み切り、着実に距離を詰めていきます。


 そのことにミルケアさんは冷汗を一筋。

 桃爆弾の《毒》で弱っている心算でしたが、ナイディンさんは早々に《毒状態》を脱していました。

 《装備効果》や素の《抵抗力》の高さで自然治癒したのです。


「ここですッ」

「《岩突》ぅっ」


 遂に矛の間合いに入られ、刺突を見舞われかけたミルケアさん。

 しかし彼女はすんでのところで石柱を自身の足元に生成。

 それによって体を跳ね上げ、串刺しになるのを回避しました。


「ぬぅっ!?」

「《裂風》起動ぉっ」


 矛を石柱に深々と刺してしまったナイディンさん。

 そこへ空中から風の刃が飛来します。

 ナイディンさんは回避を優先し、風の刃をもう三発ほど追い打ちで放ったところで、ミルケアさんは体を捻り背後を向きます。


「それ以上はやらせませんッ」

「もぅっ、後少しで追い詰められそうだったのにぃっ」


 振り向きざまに振るわれた鞭を、ヴェルスさんが濁剣で弾きました。

 地面から石柱を生やす《魔道具》は、地面に接している間しか使えないため、滞空時間中にここまで辿り着いたのです。


「そう簡単にぃっ、近づ──」

「拙者も忘れてもらっては困りますなっ」

「──邪魔ぁっ」


 二方向から狙われるミルケアさんは苦し気です。

 鞭は先端ほど威力が高く、逆に近づかれると威力が落ちます。

 間合いの内側に入られると弱くなるのは大抵の武器に言えることですが。


 とはいえ、今回重要になるのはそれぞれのリーチ差。

 鞭に比べれば矛や剣はより近距離での戦闘にも対応しやすいです。

 そして挟み撃ちという位置関係上、ミルケアさんの意識は分散させられ、《魔道具》によるカバーにも綻びが生じ、ジリジリと距離は縮まっていました。


 やがて決定的な瞬間が訪れます。

 ミルケアさんが鞭をナイディンさんに差し向け、ヴェルスさんを《魔道具》で牽制しようとした直後。

 《魔道具》が起動するまでのほんの僅かな空隙を突き、一瞬にして間合いに到達。


 濁剣を大上段から振り──


「ざぁんねん、《輝壁》起動ぉ」


 ──下ろす寸前で光の障壁が出現し、


「え?」


 パリィィッン。


 澄んだ音と共に斬り裂かれました。

 背中を斬られたミルケアさんの赤い血潮が空に散ります。


 ヴェルスさんの剣技の冴えは、指導期間の長さもあって無類の域に達しています。

 しかし、ゴーレム軍団から続く今回の戦闘の間、ヴェルスさんは常に力をセーブしていました。

 いつ《魔道具》で攻撃されても対応できるよう余力を残していたのです。


 故にミルケアさんは彼の実力を見誤り、結果として膝を突いています。


「お、かしぃ、こんな」

「さらばだッ」

「あ、が……」


 最期はナイディンさんが決めました。

 矛で喉笛を引き裂から、六鬼将『創魔匠』ミルケアはその命を散らしました。

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