第55話 前哨戦

「あなたが『創魔匠』ミルケアですか?」

「そーだけどぉ、あなた達はぁ?」


 ヴェルスさん達の前にミルケアさんと、その部下の騎士達が現れました。

 ちなみに私は木の後ろで気配を殺しています。

 見つかると私が相手をすることになりそうですからね。


「領主パルド様の依頼で来た者です。あなたが村人を誘拐し、実験の道具にしていたというのは本当ですか?」

「あいつの仲間かぁ、なら当然話も聞いてるよねぇ。そうだよぉ、私は村人を攫って実験に使ってたぁ。でぇ、だったらどうするのぉ?」

「当然、捕らえてパルド様に引き渡します」

「はーぁ、面倒だなぁ……」


 やれやれとでも言うように肩を竦め、深い溜息を吐きました。


「わかったよぅ、研究の邪魔をしたおじさんだけちょうだーい。あいつさえ殺せればアタシはこの領から出て行くからぁ」

「……あなたはそれで実験を止めるのですか?」

「もちろんだよぅ、この領では二度としないって誓ってあげるぅ」

「そうではありません! 無辜の民を捕らえ、危険な実験に巻き込まないかと聞いているのです」


 食い下がるヴェルスさんに、ミルケアさんは眉根を歪めます。


「そりゃぁ続けるよぉ。でも、だから何ぃ? 他領のことなんてあなた達に関係ないじゃぁん」

「無関係などではありません! 民を害から守るのが貴族でしょう!?」


 ヴェルスさんの詰問に返って来たのは、彼女達の嘲笑でした。

 腹を抱えて笑っていたミルケアさんが集団を代表して言葉を返します。


「あっはっはぁ、可笑おかしなこと言うねぇ、君。武帝陛下に仕えるのが貴族だよぉ? そして私は自由に研究していいって許可をもらってるぅ。さすがに帝領の民を使い潰しすぎて他所でやれって言われちゃったけどさぁ」


 たっくさんいるのにケチだよねぇ、と言って頭を振るミルケアさん。

 罪悪感など微塵もない、さらに言えば平民の命を何とも思っていない様子です。

 分かり合えないことを再確認し、拳を固めたヴェルスさんが口を開きます。


「……元より、あなた方を見逃すつもりはありませんでした。抵抗すると言うのなら、ここで始末します」

「えぇ……、あたしは疲れるしあなた達は死ぬし良いことないよぉ? ほら、そっちのおじさんも言ってやってぇ」

「拙者もヴェルス様と同意見だ。バラッド領を荒らした賊を野放しにする気など毛頭ない」


 その言葉を境に、両者が戦闘態勢に入ります。


「じゃあぁ、ここで殺すねぇ。全ゴーレム、前進ー!」


 洞穴から無数の岩石ゴーレムが飛び出しました。

 ゴツゴツとした手には武器を握っており、一体一体が通常の騎士程度の実力を持ちます。


「外で待ち伏せてるのは分かってたしぃ、とーぜん対策も万全だよぉ」

「対策、と呼ぶにはあまりに粗末ですな」

「《迷宮》のよりも動きが単調ですね」


 今更そんな雑兵に苦戦するヴェルスさん達でもありませんでしたが。

 胸部に付いた《錬金核》を砕きつつ、ミルケアさんへと近づいて行きます。


「うーん、高位貴族並ぃ……? まあいいやぁ、皆ぁやっちゃってぇ」

「「「承知しました!」」」


 用意されたゴーレム全てが外に出たその時、洞穴の中から強力な攻撃の気配が発せられました。

 そこでは六人の騎士さん達が杖を構え、魔力を込めています。

 六本の杖は空中の一点を指し示し、そこには巨大な雷の砲弾が。


 ミルケアさんの指示で直ちに発射。

 雷球は洞穴の出口付近に着弾し、稲妻が四方八方へ放射されます。

 のたうつように迸る雷電が、半径二十メートル強の空間を蹂躙しました。


「むひひっ、どーおーぅ? 術式簡略で即時発動、術式連携で威力を増幅させた雷撃はぁ?」


 雷光が収まった洞穴の外では、特に変わりのないヴェルスさん達がゴーレム達を薙ぎ倒していました。

 咄嗟に距離を取ったこと、ゴーレムの残骸を蹴り上げ盾にしたこと、そして得物を振るって攻撃を相殺したことでダメージを最小限に抑えたのです。

 なお、《魔道具》の攻撃も、攻撃を当てることで相殺できます。


「……やっぱり、有り合わせの素材じゃぁダメダメかぁ」


 みるみる数を減らしていくゴーレム達を見て呟くと、ミルケアさんは背後の騎士さん達を振り返りました。


「よーし、皆ぁ、外に出てあいつら足止めしてぇ」

「お、お待ちくださいミルケア様、我々はあまり接近戦が得意でなく……」

「ここであたしに殺されるのとぉ、あいつらを足止めするのぉ、どっちがいいぃ?」


 彼女が右手の鞭を振るうと、洞穴の壁の一部が爆ぜました。


 ミルケアさんは《錬金術》に重きを置いていますが、六鬼将だけあってその《レベル》は七十三。

 戦闘用に《鞭士》の《職業》を有していますし、《装備品》も《大型迷宮》の《ドロップアイテム》です。

 普通の騎士では束になっても敵いません。


「「「……あ、足止めして参ります……」」」

「早くしないとゴーレム突破されちゃうよぉ、洞穴みたいな狭所じゃぁ数の利が活かせないよぉ、急いでぇ」


 さて、ゴーレムは全滅しましたが、今度は騎士さんがヴェルスさん達の前に立ちはだかります。

 彼らも騎士であり《迷宮》にもぐっていたため、《レベル30》程度の実力があります。

 言い換えれば、《レベル30》程度の実力しかありません。


「ぐあっ」

「食らえ──なっ、うわぁぁぁ!?」

「こ、こんなの勝てる訳ないっ!」


 嫌々矢面に立たされた騎士さん達の士気は瞬く間に地に落ち、敵前逃亡する者まで現れる始末。

 時間をロスしてでも追い打ちするか、挟撃のリスクを負ってでも先にミルケアさんを叩くか。

 逡巡の後にミルケアさんに向かって踏み出したヴェルスさんは、次の瞬間には防御態勢を取っていました。


「《猛毒爆》、起動ぉ!」


 手の平サイズの木の実が投じられ、それが爆発したのです。

 爆風に乗って広がる毒煙は、逃げ出した騎士さんすらも射程に収め、多くの者に膝を突かせました。


「ミルケア、様……な、ぜ……」

「時間稼ぎご苦労様ぁ、おかげで《猛毒濛々桃爆弾もうどくもうもうももばくだん》が作れたよぉ」


 涼しい顔をしてそう言った彼女は、しかしすぐに苦い顔になります。


「はぁ、貴重な《凶逐桃きょうちくもも》で作った使い切り《魔道具》だったんだけどぉ、なぁんでピンピンしてるのぉ? 《抵抗力》が高いのかなぁ? 《ユニークスキル》……それとも《装備品》~? というか騎士にしては強いし、もしかしてここの領主ぅ?」


 全身の穴という穴から血を流している騎士さん達とは違い、ヴェルスさん達はまだ立っていました。


「ゲホッ、ゴホッ、拙者には少し効きましたが、この程度であれば戦闘に支障はありませんな」

「仲間諸共攻撃するなんて……!」


 ナイディンさんは軽い《毒》になりましたが、ヴェルスさんは《装備品》の《状態異常耐性》で完璧に凌ぎました。

 敵の非道に憤る余裕さえあります。


「はぁ、もう御託はいいよぉ。文句があるんならかかっておいでぇ」

「言われなくとも!」


 こうして並みいる取り巻きを引きはがし、ヴェルスさん達と『創魔匠』ミルケアの直接対決が始まりました。

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