第54話 村にて

 村人の入った水槽を持ち、被害に遭った村へとやって来ました。。

 道中集めていた枯れ枝を積み重ね、ミルケアさんから借りた《魔道具》で火を付け、大きな焚火にします。

 そして水槽から村人を出しました。


 ゲホッ、ゲホッ、とえずいていますが、命に別状はありません。

 冬の寒さも焚火である程度和らいでいます。

 《魔道具》の影響下から脱した今、全身にまとわりついている《薬品ポーション》の効果ですぐに意識を取り戻すでしょう。


「こちらの方々の治療もしませんとね」


 問題は操られていた方々です。

 限界以上の力を強制的に引き出させられていたため、筋肉にも関節にもガタが来ています。

 死の危険はまだ遠いですが、放っておけば日常生活に支障を来すでしょう。


 そこで私はまず、水槽魔道具を斬りつけ機能を停止させます。

 そして彼らを水槽に半身浴──服は着たままです──させました。


「きちんと癒えていますね」


 水槽内の溶液が体に吸収され、ダメージが癒えて行くのが気配でわかります。

 水槽の中に溜まっていた溶液は治癒の《薬品ポーション》(水割り)なのです。

 これまでは《魔道具》で回復効果を制限されていましたが、それが機能停止した今、回復を妨げるものは何もありません。


「う、うぅ……あれ、いつの間に、帰って……?」


 村人の一人が目を覚ましたようでした。

 それを皮切りにぽつぽつと目を覚ます者が現れ出します。


「こんにちは。気分はいかがでしょう」

「え、ああ、まだ少し、グラグラするな……いやっ、それよりこれはどういう状況なんだ!?」

「話すと少し長くなるのですが……」


 取りあえず、領主のパルドさんに頼まれて『神隠し』事件の調査に来て、誘拐犯である『創魔匠』イルミナさん一派から救い出したことを伝えました。


「そんな、六鬼将に狙われてるなんて……」

「俺達はどうなっちまうんだ……っ!?」

「そ、その錬金術師が嘘ついてるだけじゃ──」

「いえ、彼女の言葉に嘘の気配はありませんでした。事実である可能性は高いでしょう。ですがご安心を、皆さんのことは私の上司が守りますので」


 そう伝えても皆さんの不安そうな様子は変わりません。


「六鬼将は高位貴族より強いんだろ? パルド様が強いのは知ってるが本当に勝てるのか……?」

「なあ、追手はいないのかっ? 早く逃げた方がいいんじゃないかっ?」

「追手はまだ大丈夫ですよ。皆さんを助ける際に道を塞いでおいたので、洞穴を出るにはもう少し時間がかかります」


 崩落をたくさん起こした成果です。

 ゴーレムを作って掘り進めているようですが、まだ全体の半分にも達していません。

 イルミナさんの苛立ちが段々と強まっている気配を感じます。


「それでもあいつらは生きてるんだろう!? だったらきっとまたこの村にやって来る! そうなったら今度こそおしまいだ……っ」

「そちらも問題はありません。イルミナの元から皆さんを助け出した私を信じてください」


 安心させるため、力強さと柔らかさを織り交ぜた声音でそう伝えると、村人の皆さんは一先ず納得してくださったようでした。

 それからグ~、とお腹の鳴る音がします。


「取りあえず食事にしましょうか。ああ、もちろん作るのは私です。病み上がりの皆さんはここでゆっくりとお待ちください」




「美味ぇ! 助けてもらったばっかりかこんなに美味い食事まで、本当にありがとよ騎士様!」

「お口に合ったようで何よりです。それと私は騎士ではありませんよ」


 村人全員分の料理を作りました。

 村は小規模であり人口も相応に少なめだったため、調理人が私一人でも問題はありませんでした。


「しっかし、どっからこんなに食料を見つけて来たんだ?」

「皆さんを攫った者達から拝借して来たのですよ」


 勝手に持ち出すのは気が引けましたが、力加減を間違えて洞穴全体を崩してしまうと食べ物が無駄になってしまいます。

 それを避けるためには仕方のない措置でした。

 そして村人さん達がお腹を空かせた時に、偶然手元にあった食料を提供したのも仕方のないことです。


 水も食料も無くなったことに気付き、死に物狂いで穴を掘っているミルケアさん達も、笑って許して下さるでしょう。


「ほ、本当に大丈夫なんだよな……?」

「勝手に食べたことですか? 緊急事態だったのできっと許してくださいますよ」

「そういうことじゃなくて、いや、それも気になるんがそれ以前に、俺達は追いかけて来た『創魔匠』にまた捕まったりしないよな?」

「はい、本当に心配いりませんよ。ちょうど私の上司が到着したところですし」


 噂をすれば影という訳ではありませんが、ヴェルスさん達が現れたのはそんな話をしている時でした。

 軽やかに駆けて来たユウグが私の前で止まり、ヴェルスさん達が降ります。


「すみません、今、どういう状況でしょうか」




 取りあえず余っていた昼食を振る舞い、その間にお二人にも事情を説明しました。

 怒ったり驚いたり困惑したり、表情筋を活発に動かして話を聞いてくださいました。


「じゃあこれからその六鬼将の……ミルケア? がやって来るんですか」

「そうですね。彼女の討伐はお二人に任せますのでどうぞ存分に腕を振るってください」

「六鬼将直属の騎士もいるんですよね?」

「はい」

「ヴェルス様、ここは打って出るべきかと」

「ああ、僕もちょうどそう思っていた。村を守りながらではさすがに分が悪そうだからね」


 お二人は戦闘での方針を話し合っています。


「あ、あのー。勝てるのでしょうか……? 村を守ってくださるのはありがたいですが、それで命を落とすくらいなら一緒に逃げてくださって大丈夫ですよ……?」

「この領地のではありませんが、僕も領主なんです。このような蛮行は見過ごせません。それに僕にもこちらのナイディンにも《職業》があるので六鬼将が相手だろうと負けませんよ」

「たしかにその人達から並々ならない気配を感じる。大丈夫ってんなら任せるべきだろう」


 村の狩人さんの言葉もあり、以降皆さんから心配されることはありませんでした。

 代わりに、大きな声援でもって見送られます。


「がんばってー!」

「儂らのためにありがとうございます」

「俺達の仇を取ってくれよー!」


 そんな声を背に受けながら、私達は山の洞穴へと向かいます。


「……村の皆さんの前ではああ言いましたが、師匠の見立てでは僕らは勝てますか?」

「もちろんですよ。配下の騎士は《レベル》だけはそこそこですが、その多くは錬金術師や製薬師で戦闘が得意な訳ではありません。お二人が協力すれば充分に勝てますよ」

「それを聞いて安心しました。もし勝てないなら今から戻って皆さんを避難させないとでしたから」


 などと話しつつ洞穴の前に到着。

 お二人が作戦を話し合ったり準備運動をしたりしていると、唐突に洞穴を塞いでいた落石が爆破されます。


「あ゛ぁんの男ぉっ、絶っ対ぶっ殺してやるぅぅ……!」


 ミルケアさんが手下の騎士やゴーレムと共に姿を現したのでした。

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