第53話 攫われた村人達
◆ ◆ ◆
『母さーん、見て見て! カッコイイ虫見つけた!』
『あらあら本当ねぇ。レブは何でもよく見つけてこれて偉いわ』
はっきりしない意識の中で、いつかの記憶が脳裏に浮かぶ。
村が襲われる数分前の記憶。
攫われるなんてちっとも思わないで、ぼくも母さんも何も不安がらずに過ごしていた。
記憶の場面が移る。
『キャアっ、こ、この子だけは見逃して……』
『母さんに乱暴するなっ』
『へっ、ガキが粋がってんじゃねぇよ』
そいつらはいきなりやって来て、ぼくらを捕まえ出した。
母さんが殴られて、ぼく立ち向かったけど簡単に捕まって、そして洞穴に連れてこられたんだ。
「…………」
意識が、少しだけはっきりしてきた。
これまで通りならきっとまたすぐに眠たくなるんだろうけど。
真っ暗な洞穴で水槽の中に入れられてからは、眠たい時間と眠っている時間が交互に訪れていた。
息できなくても苦しくないのは良いけど、体に力が入らないから逃げることもできない。
だからぼくは、ぼくに出来ることをしている。
(《ポイントチェック》、発動)
ぼくの《ユニークスキル:ポイントチェック》は指定した
ポイントの近くにいなきゃ使えないけど、今の状況では外の様子を探るたった一つの手段だ。
もしかすると逃げ出す機会が来るかもしれないし、少しでも情報を集めておかないと。
頭の中に、この部屋を入口から見た光景が浮かび上がる。
『──ミルケア様、こちら稼働準備整いました』
『分かったぁ。じゃあ被検体十番から十五番までぇ、戦闘実験を始めてぇ』
『『『ヴヴゥゥゥ……』』』
ミルケアと呼ばれた女、目がチカチカするくらい派手な色合いの服を着たあいつが、こいつらの中で一番偉いみたいだった。
他のローブの奴らは彼女の指示に従っているし、
そう、水槽の外に出された村の皆は、ミルケアに操られている。
顔に泥みたいなのがへばりついて、すっかり操り人形になってる。
命令の無い時は何をするでもなく背を曲げて直立いて、命令されると唐突に動き出すから、不気味だ。
『『『ヴァァァ!』』』
ミルケア達が見ている前で、村人同士が武器を持って戦い出す。
操られている村人は誰も狩人ではない。
なのにその動きは目で追えないづらい速くて、何かおかしな強化を受けているとぼくでも分かった。
『大分動きもこなれて来たねぇ。《パラメータ》強化も含めればぁ、狩人程度は余裕かなぁ』
『では、より高《レベル》の被検体で実験を続けますか?』
『馬鹿ねぇ、まだまだ検証が不十分じゃなぁい。もっともぉっと試行して試作して試験して仕組みを理解しなくちゃねぇ。安定して動くよーになったんだしぃ、これからはどんどん負荷を上げてくよぉ。この部屋に集めた被検体全部使い潰すつもりでねぇ』
意味が、わからない。
なんでそんなに残酷なことを、そんなに楽しそうに語れるのか、少しも理解できなかった。
ぼくが眺めるしかできないでいるその前で、ミルケアが実験の負荷を上げようとした、そのとき──
『それはいけませんね。人間は実験動物ではないのですよ?』
──部屋の最奥に立っていた男が、言葉を発した。
その場の誰もが息を呑む。
その瞬間までミルケアも、部下の奴らも、部屋全体を見渡せていたぼくも、その人の存在に気付けなかったのだ。
『あなた何者ぉ?』
ミルケアが問いかける。
『ヤマヒトと申します。領主の
見たこともないくらい真っ白な服を着た男の人はそう答えた。
『えぇ、バレちゃったかぁ。他の騎士達は《魔道具》で騙されてたのにぃ、おじさんやるねぇ』
『探知は得意分野ですので。ああ、それからそこの少年』
男が振り返り、そしてポイント越しに目が合った。
いや、そんなはずはない、だってポイントがぼく以外に見つかったことなんて一度も無いんだから。
けれど、彼はしっかりとぼくを見つめて告げた。
『今までよく頑張りました。あなたも他の方々も、すぐにお助けしますよ』
その言葉を最後に、ぼくの意識は再度眠りに落ちたのだった。
◆ ◆ ◆
「今までよく頑張りました。すぐにお助けしますよ」
虚空から感じる視線の主にそう伝え、私は前へ向き直ります。
「急にどーしたのぉ?」
「いえ、こちらの話です。話を戻しますが、人間を実験道具にするのは
「お堅ぁい。下民何ていくらでもいるんだしぃ、少しくらい分けてくれてもいいじゃなぁい」
「そういう訳にはいきません。そもそも私にそんな権限はありません」
サイケデリックな服を着た癖っ毛の女性の提案を却下します。
すると彼女は大きなため息を吐き、仕方が無さそうに口を開きました。
「あたしの言うことはぁ、聞いた方がいいと思うよぉ? 『創魔匠』の名くらいは聞いたことあるでしょぉ?」
「いえ、寡聞にして存じませんね。田舎育ちなものでして」
『万魔山地』を出て
「無知は身を滅ぼすよぉ? まぁ、あたしは優しいから教えてあげるけどねぇ」
と、彼女はようやく自己紹介を始めました。
「あたしはミルケアぁ。『創魔匠』の異名を戴く六鬼将が一角よぉ。わかったら早く帰りなさぁい」
「いえ、どのような立場も誘拐して実験に付き合わせて良い道理にはなりませんよ」
「へぇ……」
ミルケアさんはスッと目を細めました。
突き刺すような殺意が向けられます。
「実力差がわからないのぉ? 一介の騎士が六鬼将に歯向かう気ぃ?」
「私は騎士ではありませんし、歯向かうなどと物騒なことは言っておりません。ただ、村の方々を開放していただきたいだけです」
「そ、じゃあ死んでぇ」
操られた八名の村人が、私に襲い掛かってきます。
「《錬金生物》による強制操作ですか。強化も施すとは多機能ですね」
「そうだよぉ。《大型迷宮》第十六階層から出て来るぅ、《パラサイトウーズ》のドロップから作ったのぉ。量産に成功すればぁ、何の役にも立たない下民も雑兵に変えられるすっごい発明だよぉ。これを完成させるためにもぉ、もーっと生きてる被検体が必要なんだぁ」
あ、でも騎士クラスの《抵抗力》だと操れないからぁ、あなたは殺しちゃうけどねぇ。
などと言う彼女の言葉を聞きつつ、私は凪光を振るいました。
洞穴の闇を刃が泳ぎ、バタリと八名の村人が倒れました。
「あれぇ、冷酷だねぇ。その人達を助けに来たんじゃないのぉ?」
嘲るような表情を浮かべミルケアさんは言います。
私が斬ったのが、顔の表面を覆っている《錬金生物:パラサイトスライム》のみであることには気づいていない様子です。
冷静に観察すれば血が出ていないとわかるでしょうが、それを待つ時間も、説明する時間も無駄なのでそろそろ退散するとしましょう。
「《如意》、発動」
「なっ、速ぃっ!?」
貪縄を伸ばし、倒れた村人と水槽を巻き取っていきます。
水槽の《魔道具》はかなり重いですが、貪縄の張力は私の《攻撃力》に依存するため問題なく運べます。
「《裂風》ぅッ、あなた達も攻撃しなさいぃ!」
「〈アイスパイル〉っ」
「〈アースショット〉!」
「あ、当たりませんっ」
「くそっ、ちょこまかとっ」
村人の皆さんに強い衝撃を与えないよう、控えめな速度でひらひらと躱しながら部屋の出口に向かいます。
「それでは一旦さようならです。ああ、それから、いくつか《魔道具》をお借りしますので必要でしたら村までお越しください」
「待ちなさぃ! 《凍て」
──ゴオオォォォンッ!
ミルケアさんが《魔道具》を起動させるより早く、轟音が洞窟内に反響しました。
私が壁を殴りつけた音です。
そこは《自然体》で見つけ出した岩盤の脆い箇所であり、亀裂は見る間に縦に伸びて行き、天井が容易く崩落しました。
落石に阻まれミルケアさんの攻撃は届きません。
それから道中の小部屋で村人や物資を回収しながら外へ向かいます。
脆くなっている部分を見つける度、崩落を起こすことも忘れません。
こうして私は囚われた村人全員を救出したのでした。
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