第57話 交渉の続き

 『創魔匠』ミルケアさんを下したヴェルスさんとナイディンさんは、後処理をしてから村に帰りました。

 一方私は、ボイスナー領までひとっ跳びしていくつかの《魔道具》を渡したり、近況を報告したりしていました。


 それから一夜明け。

 村に一晩泊めてもらった私達は、領都に帰るべく村の出口付近に集まっていました。


「この度は我らをお救いくださり感謝の言葉もございません」

「感謝なら領主様へ。僕達に事件解決を依頼したのはパルドさんですので」

「もちろん、領主様への感謝も忘れません。……ところで、この《装備品》達は本当に我々がいただいてよろしいのでしょうか?」


 不安そうな村長が視線を向けたのは、村の片隅にうずたかく積まれた武具防具装飾品の数々。

 ミルケアさん達を倒した証明に持ち帰った物で、どれもかなりの高《ランク》です。


「大丈夫ですよ。僕達に必要な物はもらってますし、残りは売って村の復興資金にするのも、狩人の方に回して魔物狩りに役立ててもらうのも皆さんの自由です」

「何から何まで、何とお礼を申し上げれば良いやら」

「いえいえ、ではそろそろ僕達は行きますね。食料なども一週間以内には届くはずです。それではっ」


 と、そんなやり取りをして私達は村を後にしました。




「領主様、ただいま戻りました」


 屋敷に正門から入り、ナイディンさんが執務室の前でそう呼びかけます。


 私達の身分は臣下の中でも特に親しかった者にしか明かされていません。

 誰が聞いているかもわかりませんし話が広まると色々と面倒なので、他人に聞かれるかもしれない場面では、『神隠し』事件解決のために雇われた他領の騎士として振舞っています。


 中から許可の声が聞こえ、お二人が入室します。


「それで、結果はどうだったのだ? 原因は分かったか?」

「ご安心を、『神隠し』は解決いたしました。そのことで報告せねばならないことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか? よろしければ一度、離れの庭に出ていただきたく……」

「? まあ、良いが」


 執務室では駄目なのか? という疑問を呑みこみ、取りあえず言われた通りにするパルドさん。

 仕事を中断し、ナイディンさん達と外に出ます。

 三人・・人気ひとけのない離れの中庭にやって来ました。


「そう言えば姿が見当たらないが、ヤマヒト君は──」

「お呼びですか?」

「ぬおっ!?」


 パルドさんが私を探しておられたので、屋敷上空から音もなく降下、着地して話しかけます。

 ついでに持っていた氷塊を脇に置きました。


「ど、どこから出て来た!?」

「空の上です」

「何故、いや、どうやって……?」

「空を歩く《スキル》を持っていますので。正門から入るべきかとは思ったのですが、『これ』は屋内に持って入るには大きすぎますから。やむを得ず空にて待機していた次第です」


 『これ』、というのは今しがた置いた氷塊のことです。

 より正確には、氷漬けにしたミルケアさんの亡骸です。


 他の騎士さん達の死体は山の中に埋めましたが、ミルケアさんだけはそうする訳にもいきませんでした。

 口頭だけでは不安でしょうし、領主パルドさんに見せて事件解決の証とするためです。

 なので《魔道具》を使って冷凍し、持ち帰ることにしたのです。


 その際、ミルケアさんの《魔道具》の一つを使ったのですが、それの威力が強すぎたため氷塊が屋内持ち込み不可のサイズになってしまいました。

 そのため先程パルドさんを呼びに行ったのも、ナイディンさんとヴェルスさんの二人だけだったのです。

 さて、それらの事情を説明したところ、パルドさんは納得したように頷きます。


「そうであったか。なるほどなるほど、六鬼将を……六鬼将を倒した!?」

「ええ」

「そ、それはまことであるか!?」

「ええ」


 事前にこの辺りに他の人はいないと伝えておいたためか、思う存分驚愕しています。

 それから信頼できる鑑定士を呼びつけ、本当に六鬼将の死体なのかを確認します。


「──し、信じられませんっ。《レベル73》で《個体名》はミルケア。パルド様の仰っていた『創魔匠』の特徴と一致します」

「……人相も以前、帝都で見たのと瓜二つだ……。これは、信じるしかないのだろうな」


 目を白黒させつつも、情報を冷静に分析するパルドさん。


「配下の騎士達もいたのだろう? ヴェルス様とナイディンとヤマヒト君がそれほどの実力者だったとは……」

「ああ、いえ、私は誘拐場所を特定しただけでミルケアさん達の討伐には関わっていませんよ。それは全てお二人が力を合わせて成し得たことです」


 ここははっきりと訂正しておきます。

 弟子の手柄を横取りなど言語道断ですからね。


「それこそ、信じられん……。ナイディンもヴェルス様の気配は私と高位貴族程度ではないか……」

「《気配察知》で読み取れるのは《ステータス》の総量だけです。《ステータス》だけが強さの全てではありませんよ」


 六鬼将を恐れるあまり、事実に懐疑的になっているパルドさんをそう諭します。

 と、ここから先はヴェルスさんに任せましょう。


「パルドさん。僕達には六鬼将を倒せるだけの力があります。どうか同盟の件、ご了承いただけないでしょうか」

「む、むぅ……」


 パルドさんは唸ります。

 領民の生活を預かる領主としては、そう簡単に決断することはできません。

 帝国の貴族の腐敗具合は彼自身も認めるところであり、謀反に失敗した場合の自身の後釜が領民を虐げる可能性は非常に高いと計算しているのです。


 けれど、今がまたとないチャンスであることも事実。

 民に多大な負担を強いる現支配体制をパルドさんは憂いていますし、出来るなら変えてしまいたいとも思っています。

 そして、ヴェルスタッド・トゥーティレイクという悲劇の王族が味方に居るならば、王座簒奪にも最低限の正当性が生まれます。


 それでも、先日までは勝機の薄さから頑として首を縦には振らなかったでしょう。

 がしかし、ヴェルスさん達は自分達の実力を証明しました。

 六鬼将を屠った彼らならば、ともすれば現体制を打破できるかもしれないと、そんな希望が彼の前にチラついています。


「……武帝陛下の天寿を待ってはどうだろうか」


 必死に考えて絞り出したのは、逃げに等しい安全策。

 武帝はかなりの高齢とのことなので、そこまで非現実的な案という訳ではありません。

 ですが、ことヴェルスさんに限ってはそうではないのです。


「それはできません。新たな領主に民を虐げさせないために、僕達は戦うことを選んだのです。前領主の死が明らかになる御前会議までに武帝が死ぬことも考えられなくはないですが、その可能性は低いでしょう。故に僕らは戦いの備えをしなくてはなりません」


 立て板に水、といった調子でヴェルスさんは考えを述べます。

 どのような問答になるかを想定し、返答を用意していたため、その声にはどこか自信が感じられました。


「兄上、拙者からもお頼みします。我らのためにも、領民の未来のためにも、どうかお力添えください」


 ナイディンさんも加勢します。

 果たして、遂にパルドさんは答えを出しました。


「…………様子を見させてくれ。恥ずかしながら当方はいくさが不得手でな、本当に陛下に勝てるのか判断がつかん」


 だが、と言葉を続けます。


「陛下にバレず、当方に出来る範囲であれば力を貸す。我が領の《中型迷宮》も使ってくれて構わない。そしてもしも勝機が見えたならば、その時は正式に協力者として名乗りを上げよう。都合のいい提案なのは分かっているが、これが最大限の譲歩だ」

「ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」


 そうして、ヴェルスさんとパルドさんが握手を交わします。

 こうして私達は、一人目の同盟相手(仮)を手に入れたのでした。

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