第52話 神隠し

「すみません、また走ってもらうことになりましたね」

「ヒヒィン」


 言いながらユウグの体を撫でると、彼はブルブルと体を震わせました。

 それから厩舎を出て街の東門に向かいます。


「お待たせしました。行きましょう」


 ヴェルスさんとナイディンさんをユウグに乗せ、領都を後にします。

 今回進むのは整備された街道です。

 すれ違った人々が馬と等速で駆ける私を見て驚かないよう、《自然体》で気配を消すのも忘れません。


「それにしても、急に予定を変更してしまいすみませんでした」

「いえ、師匠が口を出すということは、何かしら理由があるのでしょうから」

「しかしどうして予定を変えたのかは教えていただきたいですな」


 予定というのは昨日のパルドさんとの交渉のことです。

 途中で私が割って入りましたが、本来なら全てヴェルスさんにお任せする手筈でした。

 昨日はあの後、パルドさんを始めナイディンさんの旧い知人達にもてなされていたため、そういった説明をする暇がなかったのです。


「改まって言うほど大それた理由ではありません。ただ、あのままですと力を示したとしても『神隠し』を引き合いに出して拒まれそうな気配があったからです。その点、こちらの問題を解決すれば同時に実力の証明も出来て一石二鳥ですからね」

「実力の証明、ですか? 『神隠し』には知能の高い変異種でも関わっているのですか?」

「どうでしょうね。村を損壊させず人を攫うのですから知能は高いのでしょうが、魔物であるかはわかりかねます」


 そう伝えると、ヴェルスさんは深刻そうな表情になりました。


「一応聞きますが、攫われてる人達はすぐには殺されませんよね?」

「ええ。この気配ですと次の死人が出るのは早くとも明日になるでしょう」

「そう、ですが……」

「心配ですか?」


 言い淀む気配があったので訊いてみます。


「当然です。死なないと言っても、どんな怖い思いをしているか……。ですが、領主である僕自身の手で解決しないといけないのも分かっています」

「そうですね。誘拐魔討伐はお二人で成し遂げるべきです。ただ、捕まっている方々の救助でしたら、指示さえいただければ担当しますよ」

「え。……じゃあお願いします」


 困っている人を誰彼構わず助けるほど善意に溢れてはいませんが、頼まれてしまっては仕方ありません。

 早速動くとしましょう。


「それでは、お先に失礼します」


 被害に遭った村で落ち合うよう伝え、地面を蹴る力を強めました。

 肉体が埒外の力で押し出され、ロケットのような速度で上空へ。

 そして《神足通》を用いて宙を足場にし、山を越えて目的地へと向かいます。


「この辺りですか」


 『神隠し』に遭った村のすぐ隣にある山。

 山道すら通っていないその山には一つの洞穴があります。

 大きな岩を置いて入口の存在が隠されている、その洞穴の前に着地しました。


 領都から馬で数時間かかるこの場所。

 此処こここそが誘拐魔達の根城なのです。


「これはまた興味深い効果ですね」


 岩の方は一旦無視し、付近に生えた木を撫でつつ呟きました。

 騎士達の度重なる捜索にもかかわらず、こんな粗雑な隠蔽が見落とされていた原因はこの木にあります。

 正確には、木ではなく《魔道具》ですが。


「効果は認識阻害と……術式連携ですか。差し詰め〈儀式魔術〉の〈錬金術〉バージョンと言ったところでしょう。色々と条件は厳しいようですが応用が利きそうですね。《特奥級》なら術式構成さえわかれば使えるようですし」


 《天眼通》で木型魔道具の術式構成を紐解いて行きます。

 《錬金術》とは、素材に何らかの効果を《付加》し、《魔道具》にする《生産系魔術スキル》。

 術式構成を調整することで千差万別の効果を《付加》でき、《スキル》の等級と必要な素材さえあれば《迷宮》産の《魔道具》の再現すらも可能です。


 けれど、術式構成の調整は見本がなくてはほぼ不可能。

 知識も資料も無しに異言語で文章を書くようなものです。

 自動修復や耐久度上昇と言った基礎的な効果は《スキル》の基本知識に内包されていますが、放熱や認識阻害などは見本を解析しながら、少しずつ写していくしかないのです。


「これは錬金長達へのお土産にしましょう」


 言って、凪光を振り抜きました。

 洞穴近くにあった五本の木に斜めの切れ目が走り、滑らかな動きでズレて行きます。

 それらが重々しい音を立てて地に倒れる……と困るので、それより早く貪縄でまとめて縛り、ゆっくりと地面に横たえました。


 どれも機能は停止しています。

 けれど《付加》された術式は健在。

 お土産にするのにちょうどいい塩梅で破壊することができました。


「それと、こちらは《錬金生物》ですか。名前は……《ウッドゴーレム》。石でなくてもゴーレムなんですねぇ」


 伐った内の四本は認識阻害の《魔道具》でしたが、一つは違いました。

 警報と防犯の役割を兼ねたゴーレムだったのです。


 《錬金術》で作り出せる《錬金生物》は、生物と言うよりは《魔道具》の一種です。

 《レベル》や《スキル》が成長しない代わりに、術者の技量次第で望む《ステータス》を与えられます。

 《自然体》を看破できるほどの《スキル》がなかったために、この警報ゴーレムは身動ぎすらできずに伐採されましたが。


「しかし、どれも素材は《ランク1》ですか。それを《ランク3》まで引き上げるとは、誘拐魔のトップは《特奥級》ですね、それもかなり《スキルレベル》の高い。いやはや、もったいない」


 ついつい嘆いてしまいます。

 それだけの才覚を持っているのならば、もう少し賢く優しく立ち回ることもできたでしょうに。


 とはいえ、事ここに至っては対決は不可避。

 ヴェルスさんに倒されるほかないでしょう。


「取りあえず、この岩は邪魔ですね」


 入口を塞ぐ岩に手をかけ、山の上に放りました。

 ここより百メートル程離れた地点にある窪みにホールインワン。

 これで大丈夫です。


 岩を投げ飛ばした私は、音もなく洞穴の中を歩いて行きます。

 奥まるほどに通路の幅は広がっており、壁には小さな部屋のようなものがちらほら見受けられました。


 最初の三つはダミーで、そして四つ目の小部屋。

 中には見張りの騎士と謎の溶液で満ちた水槽、そしてその中に全身浸けられた村人達が居ます。


「一旦お眠りください」


 まず、見張り四人の意識を峰打ちで刈り取りました。

 次に村人達の状態を鑑定します。

 命に別条が無いのは気配で分かっていましたが、これがどういった状態であるのかまでは実際に視てみなくてはわかりません。


「これ自体はただの生命維持装置、ですか」


 《魔道具》そのものは《薬品ポーション》と合わせて対象の延命を図る物で、意識を朦朧とさせることを除けば無害な物でした。

 ほとんどの村人の意識は失われていますが、水槽から出せばすぐに起きるようです。


 取りあえず彼らをその場に放置し、私は洞穴の奥へと進み出しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る