第51話 領主パルド・バラッド

「なんと、ギルレイス様の事件の裏ではそのようなことが起こっておったのか」


 ヴェルスさんの自己紹介からの流れで、ギルレイスさん暗殺事件の概要をナイディンさんが説明しました。


「兄上達はなんと聞かされていたのですか?」

「領に押し入った盗賊に殺された、と。無論、賊如きが貴族を倒せるはずがないことも、ギルレイス様が武帝陛下に疎まれていることも知っていたから鵜呑みにはしてはいなかった。騎士を数名、秘密裏に遣わせ事の真相を探らせたよ」


 闇討ちだったらしく目撃者は一人も見つからなかったがな、と自嘲気味に言うパルドさん。


「しかし、やはり六鬼将ろっきしょうが動いていたか。お前やギルレイス様がそう簡単に敗れるとは思えず、裏切りか六鬼将ろっきしょうかのどちらかだと当たりは付けていた」

「失礼パルド殿、六鬼将ろっきしょうとはそれほどの存在なのですか? 領主と騎士を一人で虐殺できてしまうほどの……」

「ヴェルス様、当方のことはパルドと呼び捨てにしてくだされ」

「いえ、それは少し……。『さん』でどうでしょうか」

「ではそれで」


 それから一つ咳ばらいをし、「六鬼将ろっきしょうの話でしたな」と軌道を修正するパルドさん。


「武帝陛下直属にして、王族以外で《大型迷宮》に立ち入ることを許されたただ六人の騎士。それが六鬼将ろっきしょうでございます。その誰もが《レベル70》を越えており、特別に《職業》も与えられ、《ユニークスキル》を持つ者も多数。《中型迷宮》を擁す我ら高位貴族であっても太刀打ちできぬ猛者達です」

「そんなに……」

「ええ。その中でもギルレイス様を襲ったという『嗜虐公』は六鬼将ろっきしょう最強と名高い豪傑。当方も帝都で幾度か顔を合わせましたが、禍々しさを感じるほどの奴の気配には冷汗が止まりませんでした。《レベル80》は下らないでしょう」


 ふむふむ、《レベル80》で《ユニークスキル》持ち。

 実際に見てみなくてはわかりませんが、今のヴェルスさんでは厳しいかもしれません。


「そんな奴に追われてたからナイディンは領地に来なかったのね」


 ナタリーさんが得心が行ったように頷きました。


「実際、あの事件の後に『嗜虐公』直下の騎士が大勢訪れた。ギルレイス様の訃報を届けに来たと言っておったが、伝令にしては明らかに数も態度もおかしかった。あれはお前を探しに来ていたんだろうな」

「ならば真っ直ぐにボイスナー領まで逃げたのは正解でしたな」

「にしてもさ、ほとぼりが冷めてから帰って来るなり手紙を送るなりしても良かったんじゃない」

「監視の目が無いとも限らない、用心してしかるべきだろう?」


 そう言ってナイディンさんは肩を竦めます。

 彼が砕けた言葉遣いをしているのは何だか少し新鮮です。


「賢明な判断だな。とはいえあの騎士達の様子からして、生き残りが誰なのかは知らぬようだったぞ。もっと言えば、我がバラッド家が次男をギルレイス様の元に預けていたことすら知らなかったのかもな。屋敷の中まで調べられたがさほど厳重な調査ではなかった上、噂に聞く限りでは他の領地にも同じくらいの規模の騎士達が来ていたようだしな」

「出身地を名乗る機会はあまりありませんでした。気付かれていなくとも不思議ではありませんな」


 そこでふと気づいたようにパルドさんは訊ねました。


「ところで、今日はどうしたんだ? 十何年ぶりに顔を見せたのには何か訳があるのだろう?」

「それは僕から話します。実は──」


 そうしてヴェルスさんはこれまでの経緯を掻い摘んで説明しました。

 そして武帝打倒のために協力者を集めているところまで話が進みます。


「──と、いう訳なのです。なのでどうか、パルドさんにも力を貸していただけないでしょうか」


 ヴェルスさんが頭を下げました。


「済まないヴェルス様、ナイディン。我々が貴方方あなたがたに協力することはできない」


 彼は苦々しく表情を歪め、そう謝罪します。

 ヴェルスさんも二つ返事で手伝ってくれるとは思っていなかったため、淀みなく説得を続行します。


「戦力不足だからでしょうか?」

「それも一つです。《中型迷宮》で鍛えたとて、六鬼将にすら敵わないのは当方の経験や……ギルレイス様が証明しています。そして奴らを束ねる武帝陛下がさらなる強者であることは明らか。ですが最も大きな理由は、二人が心配だからです」


 パルドさんは、相手のことを思いやっているのがよく分かる声音で言いました。


「ヴェルス様の復讐心はわかります。我らもギルレイス様のことは慕っておりましたから。ですが、優先順位を見誤ってはなりませぬ。当方達はギルレイス様を大切に想うのと同じくらい、ご子息であるヴェルス様のことも想っています」


 大切だからこそ、無謀なことはさせたくないということでしょう。


「どうか命を粗末にし、幽世かくりよのギルレイス様を悲しませることがないよう何卒なにとぞ冷静なご判断を」


 そう言って忠告を締めくくります。

 ヴェルスさんも、自分が心配されているとあっては言葉が出し辛い様子でした。

 取りあえず助け舟を出すことにします。


「そう言えば、ナタリーさんは何か報告をしに帰って来たようでしたが、そちらはよろしいのですか?」

「ああそうだった、村の様子を見て来てもらっていたのだったな。ナタリー、報告してくれ。ヴェルス様達にもわかるよう『神隠し』の発端からだ」


 気まずさもあったのでしょう。

 私の露骨な話題転換に、パルドさんが乗ってくださいました。

 

「かしこまりました。……あまり、聞いていて気分のいい話じゃあないと思うけど……」


 そんな前置きを挟み、彼女は説明を始めます。


「『神隠し』事件を私達が知ったのは今年の十一月ね。巡回の騎士が東部の小さな村を訪れたんだけど、村人が全員、綺麗さっぱりいなくなってたの。そのあと騎士団二十人くらいで辺りを捜索したのに手掛かりはゼロ。それ以来、東部の巡回頻度を増やしたり、私みたいに手の空いた騎士が何度か捜しに行ったりしてるけど、一向に進展はないわね」

「やはり今回も領民達は見つけられなかったのだな……。……そういうわけで、当方達には力を貸す余裕もないのだ。巡回を増やし、捜索も行わなくてはならないからな」


 心底から申し訳なさそうにパルドさんは言いました。

 それを見て私は、


「ならば私達で『神隠し』を解決しましょう。ヴェルスさんに協力するかを決めるのはそれからでも遅くはないと思いますよ」


 と提案したのでした。

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