第47話 戦利品分配

「ドロップは斧だね」


 レギオンのリーダーの《ドロップアイテム》を見て、ヴェルスさん達が話します。

 このリーダー、最初に〈術技〉を相殺し、その後硬直している状態で〈儀式魔術〉を受けたため、近接組が突撃した時点でそれなりに重傷でした。

 それでも《レベル56》の上位種であるため気を抜けば負けるくらいには強く、明日の最終守護者戦の予行練習になりました。


「鑑定は要るかい?」

「お願いします」

「どれどれ……うん、名称は《暴牛王の鼓斧》。《ランク》は五で、《攻撃力》が大きく上がるのと、補助〈魔術〉の効力が増すみたいだね」

「それは強いですね。……では、これはネラルさんが使ってください」

「有難く頂戴します」


 そういう訳で戦利品はネラルさんの物となりました。

 この中で斧を使うのは彼だけであり、ついでに補助〈魔術〉も使えるので打ってつけなのです。

 刃の裏側につづみの付いた真っ赤な戦斧を、両手で恭しく受け取りました。


 残りの《ドロップアイテム》は私が貪縄とんじょうで回収し、その日の《迷宮》探索を終えました。




「それでは、失礼します」


 最後にネラルさんが乗り込んだのを確認し、馬車を発進させます。


「むぐ、窮屈」

「申し訳ありません、わたくしの斧が邪魔になってしまって」

「気にするでない、得物が邪魔になっておるのはそこの三人も一緒じゃ」

「ヘッ、チビは場所とらねぇからいいな」

「誰がチビか」

「痛ぇ!?」


 つので突かれたロンさんの悲鳴が聞こえました。

 帰りの馬車には弟子達に加え、ドリスさんとネラルさんも増えたためかなり密度が上がっています。

 なお、ナイディンさんは私と一緒に御者台です。


 隠れ村に来て七日目の今日、午前中に最終守護者を倒しました。

 漆黒の肉体と破壊に長じた《スキル》を持ち、他者を殺すほどに《攻撃力》を増す《スロウターミノタウロス Lv60》は難敵でしたが、激闘の末にヴェルスさん達が勝利しました。

 それから昼食を兼ねた攻略祝いの宴会をおこなった後、私達は領都に向けて出発したのです。


「ところで隠れ村を空けてもよかったのですか? これから大変な時期だと思うのですが……」


 グリグリと角で押されるロンさんの向かい側で、ヴェルスさんが訊ねました。

 それに対してネラルさんは微塵の迷いもない様子で、


「村の仲間達はみな強いので問題はありません。戦う者もそれ以外の役職を持つ者も、村長の元で上手くやって行けるでしょう。狩人長の任はシーケンに引継ぎましたので、私はヴェルス様のために力を捧げます」


 と答えました。

 きっぱりとした口振りからは、隠れ村にて数年共に歩んできた仲間達への信用が窺えます。

 ヴェルスさんも納得した様子で、その後はロンさんとドリスさんの仲裁に入っていました。




 さて、領都に帰ったヴェルスさんには大量の仕事が待っていました。

 《中型迷宮》挑戦前よりもさらに活気の出た町には、それだけ新たな課題も増えているのです。


「キャンドさんに半分任せられませんかね……」

「ふぉっふぉ、無茶を言わんでくだされ。これ以上の激務を課せられてはこの老骨、ぱっきりぽっくり逝ってしまいまする」


 執務室にて書類と睨み合いながら、ヴェルスさんが弱音を吐きます。

 それに答えたご老人はキャンドさん。

 文官として雇われている元商人のご隠居です。


「キャンドさんに無理はさせられませんね。文官をあと数人増やすべきと進言しましょう」

「でも前はキャンドさんしか来てくれませんでしたよ」

「由々しき問題ですな。ヴェルス様が身を粉にして領のため働いていることは皆わかっておりますが、貴族への苦手意識はそう簡単には拭えませぬ。読み書きのできる者、という条件も厳しいですしな」

「最近はどこも忙しくなっていますし、難しいですよねぇ」


 義務教育などない国です。

 商人でさえ会話だけで取引をしている者が多いという有様ですので、当然、読み書きのできる者は貴重です。


 そして町の活性化に伴い、その貴重な者達に回される仕事も増えています。

 馴染みのある職を放り捨ててまでヴェルスさんの登用に応じてくれる人材は、前回は居ませんでした。


「ナイディンの手が空いたのが救いですね。帰って来るのはいつでしたっけ」

「明日の朝には着きそうですよ。もうネラルさんへの引き継ぎは終えたようです」


 なお、読み書きのできる貴重な人材の一人、ナイディンさんは領内を巡り、魔物を倒して回っていました。

 その仕事をネラルさんに引き継がせ、今はこの領都目指して帰還中です。


 彼が帰って来れば執務室要員が増えますが、しかしそれはあまりよろしくありません。

 ヴェルスさんやナイディンさんと言った実力者が机の前に拘束され続けるのはロスが大きいので、打開策を試すべきでしょう。


「一つ、私に提案があります」

「ほほう、興味深いですな」

「どうするんです?」


 コホン、と咳払いを一つ挟んで言います。


「生産魔術師の組合の方々に協力いただくのです」


 狩人組合、商人組合、錬金術師組合……、これらは全て町人達の互助組織です。

 組織、などと言っても昔は細かい規則も無く、同職同士互いに協力し合おうという仲良しグループ程度の集まりでしたが。


 そんなふわっとした集まりのまとめ役をしていたのが狩人長や商人長で、ヴェルスさんは領主に就任してからそんな彼らにリーダーとしての明確な役割と権限を与えました。

 領都や領地を大きく変革して行く中で、組織立って動いてもらった方が効率よく人材を運用できるからです。

 各組合のリーダーはこの屋敷を訪れ、各々の組織の動向について報告・相談することも多いです。


「生産魔術師……錬金術師や製薬師、鍛冶師の方々のことですよね。それぞれの組合長にはよくお世話になっていますが、彼らは一般職人に輪をかけて忙しいはずですし、これ以上負担をかけるのは……」

「いえ、長である必要はありません」

「うぅむ、生産〈魔術〉のレシピはほとんどが口伝だそうじゃが、中には文献に秘伝を残す者やそれを紐解く者もると聞く。そういった者達を呼び込もうと言うのじゃな?」

「その通りです」


 《小型迷宮》の素材が大量に出回るようになり、領内の村から領都へやって来た研究熱心な生産魔術師達もいます。

 そんな彼らの中には読み書きのできる者もそこそこおり、研究資材などを対価に協力してもらおうという訳です。


「しかしそう上手く行くでしょうか? 自分達の仕事で手一杯だったりしませんかね」

「それなりの人口流入があったので人手自体は余裕があると思いますよ、特に製薬師は」

「製薬? あぁ、なるほど……」


 合点がいったように頷きました。

 ヴェルスさんが誰を思い浮かべたのか、《自然体》が無くとも手に取るようにわかりました。

 製薬師界隈を賑わせる大型新人、ドリスさんの存在です。

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