第48話 組合

「……〈ファーマシー〉。……〈ファーマシー〉。……〈ファーマシー〉。……〈ファーマシー〉……」

「精が出ますね、ドリスさん」

「ん、ヤマヒトか。何用じゃ?」


 ドリスさんがこちらに振り向き、グッと体を伸ばしました。

 椅子に座り薬草束を掴んでは〈製薬術〉を掛ける、という単純作業に没頭していたため、筋が凝っているようです。


「いえ、ドリスさんに用があった訳ではないのですが、見かけたので挨拶しておこうかと。……かなりの量ができましたね」

「フン、今日はこれで三樽目よ。《製薬術》の《スキルレベル》を上げるためにももっと作る予定じゃぞ、〈ファーマシー〉」


 ドリスさんが摘まんだ薬草、それに魔力が浸透して行き、彼女が手を放してから一拍後、緑の溶液に変化します。

 溶液は大きな樽の中に落ち、ピチャンと水音を立てました。


 《中型迷宮》での魔物狩りに飽き、私達と共に領都へと戻って来た彼女は、一日ぐっすり惰眠を謳歌し、それから「何かすることは無いかの」と訊ねて来ました。

 どういった仕事を任せるかを話し合い、その中で候補に挙がったのが生産魔術師の手伝いです。


 前々からアーラさんの生産〈魔術〉を興味深そうに眺めていましたし、彼女の《魔力量》を存分に活かせる職種でもあります。

 快く承諾をいただけ、最も《スキル》適性の高い製薬師の仕事をしてもらうことになりました。


「ファイトです。集中して行えば、あと百回足らずで《中級》の《レベル4》になりますよ」

「今に見ておれ、すぐに《特奥級》まで鍛え上げてくれるわ」

「ドリスちゃーんッ、追加の薬草が届いたわよー!」

「おお、でかしたぞマリア!」


 残り少なくなっていた薬草束が補充されたのを機に彼女と別れました。

 それから製薬師組合の本部の奥へと歩いて行きます。




「こんにちは、製薬長」

「どーもヤマヒトさん。今日も今日とて魔力が無いね」

「視えていないだけですよ」


 水や溶液の入ったますをいくつか並べ、それらと睨めっこしている女性に声を掛けます。

 助手である他の製薬師さん達と比べても、一層に小柄な彼女こそがこの町の製薬師の長です。


 《魔視覚》という魔力を視認できる《ユニークスキル》を持っており、他者の《魔力量》もある程度把握できるそうです。

 ただ、そこまで《ランク》の高い《スキル》ではないため、《自然体》の隠蔽を看破することは出来ませんが。


「そんで、今日は何? またレシピを教えてくれるの?」

「いえ、喫緊の課題はありませんし、これより先は皆さんの手で探求すべきです。……今回伺ったのは人手を貸していただくためです。政務を補佐してくださる、文字の読める方をご紹介いただきたいのです」

「えー、あーしの話なんて聞かない奴ばっかだよー?」


 製薬師全体で見ればそこまで破天荒な方は少ないですが、レシピ解読のため文字を習得する熱心な方は、我が強いことが多いようです。


「交渉はこちらで行います。居場所を教えていただければ充分です」

「うーん、ぶっちゃけ誰が読み書きできるかとか知らないんだよねぇ。ガーベンとアウラはできるはずだけど、他の人は……あっ、ドリスちゃんは駄目だよ、あの子はウチで育てるんだからね」

「ドリスさんの能力は庶務向きではないのでスカウトするつもりはありませんよ」


 魔力回復を速める《スキル;夜竜の血》を持つ彼女には、魔力を使う仕事が向いています。

 元々製薬術を所持していなかった彼女がこの短期間で《中級》なったのも、圧倒的魔力量による猛特訓の成果です。


 さて、それから製薬師を勧誘する許可をいただき、各々の所在地を聞いてそちらを訪ねました。

 引っ越して来た生産魔術師用の集合住宅です。

 その中の目的の部屋の前まで来て、扉をノックします。


「お久しぶりです、ガーベンさん。領主補佐のヤマヒトです。折り入っての頼みがあって参りました」


 ガタン、と室内から物の倒れる音がし。

 それからたっぷり三十秒ほどの間を置いて、ガララと扉が少し動きました。


「何の用、ですか?」


 ビクビクと怯える青年が、拳一つ分ほどの隙間から顔を覗かせます。

 長い緑髪で目元までを覆った彼はガーベンさん。

 新型肥料を開発した製薬師さんです。


 以前は別の村に居たのですが、小さな騒動の末に領都に引っ越してきました。

 今は製薬師組合に籍を置いていますが、《錬金術》も《上級》であり、私達が生産工房を訪れた時は《錬金生物》と毒物を組み合わせて大いに抵抗してくださいました。


 そんな思い出を振り返りながら、彼に用件を告げます。


「ご存じの通り領主様が病床に伏せ、現在はヴェルスさんが政務を代行しております。されど不慣れな職務ゆえに仕事は積もるばかりです。そのため新たな文官を雇うこととなりました。ガーベンさんは文字が読めるとのことでしたが間違いありませんか?」

「それは……はい、読めるし、書けます。研究結果は文字にした方が頭の中で整理しやすいですし」


 歯切れ悪くそう言いました。

 面倒事に巻き込まれたくないし、研究をしていたいという気配がはっきりと伝わってきます。

 彼は貴族を恐れているため脅して連れて行くことも出来そうですが、それでは胸が痛むので納得のいくラインを探しましょう。


よろしければ私達と共に働いていただけないでしょうか。もちろんタダでとは言いません。給金は出ますし、望む物を仰ってくださればこちらでできる限りの物をご用意します。他領の魔物の骨を集めることだってできますよ」

「え、何で、そのこと……」

「気配でわかりますよ」

「またそれですか……」


 呆れたように呟かれましたが、部屋の中から様々な骨の気配を感じたから、以外の理由はないのでどうしようもありません。

 彼の呟きはどこかに流して、説得の言葉を重ねます。


「決してガーベンさんを縛り付けるような真似は致しません。半日だけ、一時間だけといった勤務体制でも構わないのです。それに、大変だと思われましたらいつでも辞めていただいて結構です。この領を無事に運営していくためにも、どうかお力をお貸しください」

「……少しだけなら、手伝ってもいいです……。それで、報酬なんですけど──」


 程なくしてガーベンさんとの交渉は成立しました。

 その後は他の製薬師さんにも声を掛けたり、錬金術師と鍛冶師にも人手不足にならない範囲で同じようにスカウトしたりしました。

 時に断られ、時に受け入れられながら合計五人の臨時職員を雇うことに成功した私は、すぐに手伝えるという三人を連れて執務室に向かったのでした。




 さて、そんなこんなで問題の多くが片付き、領の運営に余裕も生まれてきた十二月中旬。

 疎らに雪が降り始め、錬金術師達の開発した《放熱台》に集まって多くの町民が暖を取る中で、ヴェルスさんとナイディンさんが馬に跨りました。


「では行って参ります」

「ふぉっふぉ、留守は儂らにお任せを」


 キャンドさんに見送られ、対武帝の足掛かりを作るため私達は旅立ったのでした。

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