第21話 変異種狩り

「やべっ、近くに結構強いのが来てやす。一体だけっすけど多分変異種でやんすね」


 相手の《潜伏》が強力であったため気付くのが遅れましたが、充分な距離がある段階でチヅさんは察知できました。

 及第点です。


「戦ってください。戦闘には全員参加です」


 弟子達が揃って返事をし、臨戦態勢に入ります。

 前衛はヴェルスさんとタチエナさん。

 中衛がロンさんとシェドさんで、後衛がチヅさんです。


 茂みをガサゴソと掻き分けて、くだんの変異種がのっそりと姿を現します。

 強者の余裕が表れた悠然たる登場でした。


「グルゥゥ……」


 獅子の頭に山羊の体、そして尻尾は蛇のもの。

 獅子のはずの頭からは山羊のそれによく似た巻き角が生えており、牙からは毒液が滴ります。

 キマイラと呼ばれる神話生物に酷似した変異種が今回の相手です。


「何だよ、この不気味な魔物は……」

「尋常でない気配を感じますね。ヤマヒトさんが全員でかかれと言った相手です。分かっているとは思いますが、決して油断なきよう」


 キマイラと対峙する弟子達が固唾を呑みます。

 《レベル35》の怪物なので正しい反応です。

 三位一体の獣はこちらを見渡すと、牙をむき出しにしました。


「グヮオオォゥッ!」


 そして咆哮。

 轟くその声には、ただ吠えるのとは比較にならない威圧感が宿っています。

 これは《スキル》の効果によるものです。


 動物系の魔物は威嚇系の《スキル》を持ちがちなのですが、このキマイラも持っているようでした。

 格下相手にしか効果が無いながらも、手軽に敵を委縮させられる便利な能力。

 弟子達とキマイラほど実力差があれば効果覿面てきめんです、本来は。


「うるっせえなぁ!」

「気圧されんなよ、オメェら!」

「〈トキシックアロー〉」


 威圧を受けても弟子達の足並みは乱れません。

 自身の持ち場を離れず、程よい緊張感をもって動けています。

 これも今日までの模擬戦の成果です。


「くっ、躱されやしたか」

「突っ込んで来るぞ!」

「受け止めるわっ、〈ウォール〉!」


 変異種狩りでは私やナイディンさんも同行しますが、だからと言って心底からリラックスして戦いに望めるとは思えませんでした。

 安全の保証された絶叫マシンでさえ怖がる人は多いのです。

 ましてや変異種に剥き出しの殺意を向けられては、頭では大丈夫と分かっていても萎縮するのは止められないはずです。


「流石ですタチエナさんっ、ハァッ」

「食らいやがれっ」


 その対策として模擬戦中、私は気配をコントロールして強烈な威圧感を与えるようにしていました。

 初めは弱めに、それから徐々に気配を強めて行ったのですが、その甲斐あって弟子達は並大抵の威圧ではすくまなくなったのです。

 もちろん、キマイラの《スキル》もけられます。


「ガウゥッ!」

「クソっ、わかっちゃいたが硬ぇな!」


 私が弟子達の精神力について思考を巡らせている間にも戦闘は進みます。

 キマイラの突進の勢いをタチエナさんが〈盾術〉で和らげ、そこへ他の人達の攻撃を叩き込みました。


 キマイラの《防御力》に止められ浅い傷しかつけられませんでしたが、《レベル》差があることは百も承知です。

 弟子達は悪態をきつつもその動きに淀み戸惑いはありません。

 隙を突いてキマイラに武器を振るっています。


「グルルッ」

「やっば! 散れっ、散れっ」


 キマイラが高く高く跳躍し、落下速度を利用する攻撃を仕掛けてきました。

 普通のライオンより一回りは大きなこの魔物。

 それが降って来てはさすがに守り切れないため、慌てて弟子達は散開します。


 ドッ。

 獅子のネコ科成分でしょうか、意外にも軽めの着地音が響きました。


 滞空時間の長い攻撃だったため、弟子達の被害はゼロです。

 密集陣形は解けてしまいましたが、逆に考えれば包囲できたと言うこと。

 背後を取れたヴェルスさんやタチエナさんが攻撃を仕掛けようとし、


「伏せろっ!」


 咄嗟に身を屈めました。

 彼らの頭上スレスレを、蛇の尾が薙ぎ払って行きます。

 風に煽られ髪が乱れていますが、全員回避に成功しました。


 その間にも攻撃範囲の外に居る者が攻撃を加えており、傷は小さいながらも着々と増えています。

 弟子達が狙うのは、主に脚。

 機動力を落として戦闘能力を下げ、また逃亡を阻止しやすくするためです。


 キマイラ側も引っ掻こうとしたり噛み付こうとしたりしていますが、弟子達に有効打を与えることは出来ていません。

 格上相手の防御術と隙のない体捌きは念入りに指導したため、キマイラの猛攻に晒されても弟子達に大きな怪我はないのです。


 そんな状態がしばし続き、包囲の中心にいるキマイラは段々と苛立ちを募らせていました。

 相手は雑魚の群れなのに、自分ばかりがダメージを負うことへの憤りが気配で伝わってきます。

 それを頃合と見たのでしょう、タチエナさんの後方に陣取るチヅさんが切り札を切りました。


「行きやすぜッ、〈アルカナアロー〉」


 〈上級弓術:アルカナアロー〉。

 気配が薄く、威力にも速度にも秀でたこの〈弓術〉は、強敵に大打撃を与える手段として事前に話し合っていたものの一つです。

 それを、ちょうどキマイラが背を向け、前片脚を持ち上げたタイミングで放ちました。


「グウォォァっ!?」


 前脚の片方を上げた状態では、地に突いたもう片方の脚は動かせません。

 そこを狙った矢は、剛毛を貫き、肉を深く抉りました。

 キマイラは痛みでよろめきます。


「焦るなよっ、でも畳みかけろ!」


 弟子達の兄貴分的存在であるシェドさんが檄を飛ばしました。

 反撃され得る位置の者はコンパクトに、そうでない者は〈術技〉を使うなどして攻撃を叩き込んで行きます。

 そんな中でヴェルスさんが全身のバネを利用して放った〈中級剣術:クリスタルスラッシュ〉が、キマイラの脚を切断しました。


 そうなると後は消化試合です。

 何とか立ち上がったものの既に満身創痍のキマイラへ、それまでと変わらず慎重に攻撃を重ね、そして戦闘開始から十五分後、遂に倒し切ったのでした。


「や、やったぞおぉぉ!」

「勝て、ましたか……?」

「んだ、完全に死んでやす」

「ふう、毒の霧を吐かれた時は驚いたけれど、シェドさんが機転を利かせてくれて助かったわ」


 弟子達は口々に安堵の言葉を漏らします。

 大事無く済んで私も安堵しています。


「お、《レベル》が上がったみたいだな」

「僕もです」

「私は二つ上がったわ」


 弟子達の《レベル》は二十前後。

 対してキマイラは《レベル35》くらいの気配でした。

 勝つのは至難の相手でしたが、その分、得られる《経験値》も多いのです。


 確認が終わったようなので、何やらやり切った感を出す弟子達に私からも声を掛けます。


「皆さんお疲れ様です。休息を取ったら次へ向かいましょう、《治癒ポーション》もたくさん持って来たのでまだまだ戦えますよ」


 それを聞いた彼らは、定時直前に急遽仕事が入り残業が決定した社員のような面持ちになりました。

 ですが、急いで強くならなくては村の危機・・・・に間に合いません。

 辛いでしょうが、村を危機から救うためにも彼らにはもっと頑張ってもらわなくては。

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