第20話 『逢魔の森』
ナイディンさんが帰って来てから数日が経過しました。
弟子達は着々と力を着けて行き、また私やナイディンさんと戦うことで格上との戦闘経験も積みました。
そして今日、以前より考えていた計画を実行に移します。
「皆さん揃いましたね」
村の前には私とナイディンさん、及び弟子達が勢揃いしていました。
ちなみに弟子の数は五人から増えていません。
「これで全員かの?」
「そうですよ、ドリスさん」
それとドリスさんも一緒です。
これから向かうのは『逢魔の森』。
変異種が多く現れるという魔境にて皆さんを鍛えるのですが、せっかくなのでそこまで付いて来てもらうことになったのです。
「では出発しましょう」
雑談を挟みつつ北西に進んで山を越え、前方に広がる森を望みます。
「この先が『逢魔の森』か……」
「なんだよヴェルス、ビビってんのか?」
「そんなことは」
「おい坊主共、警戒を忘れるなよ。魔境なんだ、ビビるくらいで丁度いい」
強がる二人を狩人のシェドさんが窘めました。
長年にわたって狩人をしているだけあって、変異種の恐ろしさを正しく認識できているのです。
「その通りですね。私とナイディンさんがいればどのような事態にも対応できると思いますが、皆さんも警戒は怠らないように」
「「「はい」」」
一応私からも気を緩めないよう言っておきます。
この森の魔物が一斉に襲って来ても守り抜く自信はありますが、真剣に臨んだ方が得られる物も多いですからね。
気を引き締め直し、魔境に踏み入ります。
この付近に変異種はいませんし、これだけ気配が集まっていては普通の魔物は近寄ってこないので、初めはただただ歩く時間が続きました。
しばらく森を進んだ頃、ドリスさんが口を開きます。
「では、ワシはもう少し奥に行く。ここで主らとはお別れじゃな」
「ドリスさんを脅かすような魔物はおりませんが、どうか油断はなさらずに」
「心得ておる。ヤマヒトこそ
ドリスさんは空を飛んで行きました。
彼女の狩場はもっと変異種の密度の高い『逢魔の森』奥地なのです。
「ほ、本当に一人で行かせるのですな」
「ええ。彼女は強いので」
「強者なのは気配でわかりますが、容姿との乖離が激しく少々不思議な気分になりますな」
心配と信頼をない
彼が初めてドリスさんを見た時は、
武道に精通し《ステータス》外の強さを感じ取れる彼だからこそ、容姿とのギャップのすり合わせに苦労しているのかもしれません。
「皆さん、来やしたぜ。全部で三体だ」
弓使いのチヅさんが警告を発します。
その言葉通り、魔物がこちらに接近して来ていました。
チヅさんは《気配察知》の《スキルレベル》が最大なので、誰よりも早く気づけたのです。
「今回はヴェルスさん、ロンさん、チヅさんの三人で戦ってください」
私も指示を飛ばします。
この狩りでは私やナイディンさんは極力手を出しませんが、それはそれとして指導はします。
例えば、相手の実力に合わせて戦力を限定するなどです。
「気配、捉えました」
「俺も捉えたぜ」
どうやら戦闘員は皆、気配を捉えられたようです。
相手の《潜伏系スキル》が強いと《気配察知》に引っかからなかったりするので、今回は楽なパターンと言えます。
選ばれた三人が前に出て、チヅさんが後衛、残り二人が前衛の陣形を取りました。
ちょうどその時、魔物側もこちらの気配を捉えたのか、移動速度が上昇しました。
そして木の陰から魔物
「〈トキシックアロー〉」
その瞬間に狙いを定め、チヅさんが〈弓術〉を発動しました。
番えた矢に毒の力を付与するそれは、威力や速度の補正は少量ながら、《毒》という厄介な《状態異常》を与えることができます。
紫の靄をまとった矢は、吸い込まれるようにして先頭の魔物に向かい、その眉間に突き立ちました。
「ブビィっ!?」
現れた二足歩行の豚の魔物、オークは突然の攻撃に悲鳴を上げました。
彼らもこちらの位置は捉えていたのですが、攻撃の気配にまで意識が向いていなかったのです。
攻撃を受け急に足を止めた先頭のオークに、後ろから来たオーク達がぶつかってしまいます。
「ブゴッ」
「ブゥヒィッ」
ダメージと《毒》で弱っていた先頭オークは転びますが、ぶつかった方のオーク達は気にせず追い越し向かってきます。
魔境の魔物だけあって、変異種でなくても《敏捷性》はなかなかのもの。
〈術技〉の反動で硬直しているチヅさんが二の矢を射る前に、前衛二人と戦闘に入ります。
二人はオーク達の振るう木の棒を捌きつつ、的確に攻撃を当てて行きます。
まずは守りに徹し、相手が隙を見せたところにコンパクトな攻撃を加える堅実な戦い方です。
私やナイディンさんとの特訓の成果ですね。
「ヴェル坊、射かけやすぜっ」
「はいっ」
ヴェルスさんは返事からそう間を置かず、滑るように横へ移動します。
その直後、先程まで彼のいた場所を矢が射貫きました。
最初に《毒》を受けたオークを倒したチヅさんが、弓矢で援護したのです。
ヴェルスさんの相手に集中していたオークは、いきなりの矢に反応できず、腹の中心で無防備に受けてしまいました。
膝を突き、苦痛の声を漏らすオーク。
その隙をヴェルスさんは見逃さず、手にした長剣で首を斬りつけてしまいました。
「ぶ、ひぃ……」
太い血管を傷つけられたオークは、血を噴き出しながら倒れます。
もう立ち上がることはないでしょう。
念のために背後からもう一刺ししたヴェルスさんは、休むことなくロンさんの加勢に向かいます。
「ごめん、遅くなった」
「気にすんなっ、こんな雑魚、一人でも勝てんだからなっ」
口振りとは裏腹に、油断の気配はありません。
狩人として一年以上も活動しているのですから当然です
危なげなく攻撃を重ねられていますし、このまま一人で戦っても勝てるでしょう。
元からそんな状態であったため、ヴェルスさんとチヅさんが合流すると戦況は一気に傾き、あっという間に最後の一体も仕留めてしまいました。
「お疲れ様です。三人とも良く動けていました。ただ、相手は格下なのでもう少し積極的に攻めてもよかったですね」
先程の戦闘を振り返ってそう伝え、奥へと再び歩き始めます。
『逢魔の森』遠征はまだまだ始まったばかり。
この日のために休みの日程を調整していただいたので、今日は一日中狩りができます。どんどん狩って行きましょう。
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