第19話 閑話 ナイディン

 本日二話目です。


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「ナイディン、今日はありがとう」

「お陰で私も《レベル17》になれたわ」

「拙者はほとんど見守っていただけではありませんか、頑張ったのは皆様です。タチエナ殿も剣を握って数日とはとても思えない活躍でございました」


 拙者はナイディン・バラッド。

 辺境の村の矛使いである。

 『逢魔の森』遠征に向けてヴェルス達は《レベル》上げをしているのだが、もしもに備えて同行していたのである。


「僕達は解体場に寄って行きますね」

「では、拙者はこれで」


 倒した魔物の解体をするヴェルス様達と別れた。

 そして村を歩きながら、若人達の成長に思いを馳せる。


 襲撃の日まで《レベル1》だったタチエナ殿は、気付けば《レベル17》まで上がっていた。

 普通の狩人が《レベル10》台。

 ベテランや戦闘系《ユニークスキル》持ちの天才で《レベル20》台なことを考えれば、その成長速度の異常さも分かろうと言うものだ。


 通常、《レベル》を上げるのには年単位の時間がかかる。

 自分より《レベル》が上の魔物を単身で撃破できれば別だが、そんなことができる者はそうそう居ない。

 だが、そんな稀有な人物の一人がタチエナ殿だった。


「《称号》の力もあるのだろうが、それよりも──」


 脳裡によぎるは彼女の剣技。

 開戦直後は柔軟さを十全に活かした体捌きで攻撃を躱し、なし、防御に徹して敵の癖を把握する。

 そして敵の攻撃を紙一重で躱し、すれ違いざまに急所を斬る。


 相手の速力だけに留まらず、遠心力や重さなどの筋力外の力を利用するその斬撃は、片手で振るっているとは思えないほどの傷を与えていた。

 それこそ、多少の《パラメータ》差など覆してしまえるほどに。

 そこに《称号効果》の火炎攻撃が加われば、複数の高《レベル》魔物を相手取っても戦えてしまうのだ。


「いやはや本当に、剣を握って数日とは思えぬな……」


 もっとも、変貌したのはタチエナ殿だけではない。

 ヴェルス様とロン殿も格段に強くなられている。

 タチエナ殿一人では対応しきれない局面ではヴェルス様達も加勢していたのだが、以前なら苦戦したような魔物でも容易く叩き伏せていた。


 彼らの成長は模擬戦で実感していたつもりだったが、後方から俯瞰的に見ると以前との違いが克明に観察できた。

 《レベル》も拙者が遠征に行く前から一つ上がり、二十三。

 以前なら止めたであろう『逢魔の森』遠征も、今ならば可能であると思えて来る。


「──む?」


 そんなことを考えながら歩いていると、ズズンッ、と何かの倒れる重低音が聞こえて来た。

 村の外からである。

 気になったので、大人より頭一つ分高い塀を飛び越えて外に出た。


 音のした方を見れば、そこには倒木が一本。

 それだけに留まらず追加で一本、また一本と次々に森の外縁部の木々が倒れて行く。

 塀と森の間の倒木に巻き込まれないスペースに、十名過ぎの村人が集まっていたため訊ねてみる。


「これは何が起きているのですか?」

「おぉナイディンさん、帰られていたのですな。と、これは森を伐採してもらっているのですよ」


 誰が、などということは訊かずとも分かった。


 木は堅い。

 斧を何度も打ち付けて、ようやく伐れる物なのだ。

 それをこうもリズミカルに伐採できる者など、この村には一人しかいない。


「戻って来られたようですよ」

「ですな」


 村の外側を一周し、倒木音が戻って来た。

 倒木音の先頭には、疾走する怪しげな男性が一人。

 言うまでもなくヤマヒト殿だ。


 森であるにも関わらず、スッ、スッ、とすり足に似た歩法で滑らかに移動しつつ、平然と剣を振るっている。

 たしか凪光なぎみつと言ったか、僅かに刃の湾曲した極薄の両手剣が閃くたび、木がズルリと倒れていく。


 凄まじきはその剣速、気付いた時にはもう振り抜いた後。

 体の動きは目で追えるのだが、刀身は残影しか捉えられない。

 全身の動きを斬撃に集約させているため、剣だけが特異なはやさになるのだという。


 模擬戦以来、ヤマヒト殿から何度か手解きを受けているのだが、拙者が意識したこともないような部位に指導が入ることも多い。

 そんなことをして何になるのだ、と訝しみつつも実際に試してみると、意外なほど動きのキレが増し驚くばかりである。


「アレと打ち合っていればもっと早くに負けていたでしょうな」


 彼の技量は拙者の遥か上を行っている。

 模擬戦時も、不気味なほどに動きは読めず、あらゆる攻撃を涼しい顔で捌かれる。

 敵わない、と初めの数合で悟った。


 それでも戦いがそれなりに続いたのは、ひとえに武器を壊さないためあろう。

 ロン殿のお父上が〈鍛冶術〉で鍛えたとは言え、あんな斬撃と打ち合っては一合で耐久限界だ。

 思えば彼は防御の際にも、力を正面から受け止めないようにしていた。


「こんにちはナイディンさん。ヴェルスさん達の護衛、ありがとうございました」

「礼には及びませぬ。狩人の仕事に付いて行くのは以前もやっていましたから」


 森を何周かしたヤマヒト殿に話しかけられた。

 伐採作業は終わりのようで、他の村人達も丸太を運び始めている。


「さて、拙者も運びましょう」

「では私も」

「ヤマヒト殿は休んでください。そこまでされては頭が上がりませぬ」

「わかりました」


 《スキル》で召喚した縄を消しつつ、ヤマヒト殿はそう言った。

 村人だけでこれらの倒木全てを運び込むことは難しいが、何も全てが必要な訳ではない。

 盗賊達に壊された塀や家の修復は大体終わっているし、備蓄しておける量にも限りがあるからだ。


 ではどうしてヤマヒト殿にこれだけの大伐採を頼んだかと言うと、森を村から離すためだろう。

 森が後退すればその分だけ村が魔物に近づかれる危険が減るのだ。


 そして、それから何往復かして十二分な量の材木を運び込めた。


「助かりましたよヤマヒトさん」

「いえいえ、私の鍛錬にもなりましたから」

「こちらは今朝採れた野菜です、どうかお受け取り下さい」

「ありがとうございます」


 依頼したと思われる木こりの一人が野菜の入った籠を渡した。

 それを受け取ったヤマヒト殿と一緒に家路につく。


「皆さん親切でありがたいですね」


 そう言う彼が何かをもらって来るのはこれが初めてではない。

 収穫を手伝った、土地を開墾した、新たな《薬品ポーション》レシピを教えた等々。

 活動の見返りにたくさんの物を受け取っている。


「それだけ感謝されているということですよ。それより、今夜もヤマヒト殿が作られるのですかな?」

「ええ、そのつもりです」


 ヤマヒト殿は何もお食べになられないが、料理の腕は一級品だ。

 《自然体》の力で素材の味の引き立て方が分かるのだとか。

 帝都でも見たことがないような調理法で様々な料理を作り、それがまたとても美味なのである。


(彼の力があればギルレイス殿下の仇も……いや、旅人の彼を巻き込んではいけませんな)


 頭を振って雑念を払いつつ、拙者は家路を歩むのだった。

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