第22話 コボルド軍

「「「グォルルルゥ!」」」

「「「オオォぉぉ!」」」


 森の中の開けた場所にて二つの勢力が激突します。

 一方は弟子達。

 他方は人型の犬の魔物、コボルドの軍勢です。


 初めて『逢魔の森』にて変異種狩りを行ってから三日。

 弟子全員の《レベル》が三十を越えたため実力は充分と判断し、コボルドの群れを迎撃してもらっています。


 『逢魔の森』より少し南に位置するこの場所には百体を越えるコボルド達がたむろしていました。

 集団強化の《ユニークスキル》を持つ変異種、コボルド王とでも呼ぶべき存在に率いられ、西からやって来たこの群れは、いずれは村に到達します。

 そうなると数で劣る村側が村人全体を守り切るのは難しいため、事前に森へ打って出たのです。


「〈アイアンショット〉、〈マグママット〉、〈ヒートボム〉」


 そして今回は魔術師のアーラさんにも同行してもらっています。

 大規模な群れとの戦いという性質上、〈魔術〉の制圧力は大いに役立つからです。

 彼女の《経験値》稼ぎにもなるため、二つ返事で了承してくれました。


「うむうむ、やはりアーラの〈魔術〉は効率的じゃ。それにお主の弟子もやるのぉ。強さレベルはそう離れておらんのに大軍を寄せ付けぬ。まっこと天晴じゃ」

「変異種達との戦いで彼らの力量は盤石となりましたので。アーラさんやチヅさんのサポートもありますし、それに《装備品》を一新したのも大きいですね」


 共に観戦しているドリスさんと共に、そんな話をします。

 話の中で出て来た一新した《装備品》というのは、変異種の素材を使った物のことです。


「面白いくらいっ、簡単にっ、斬れますね!」

「あったりめぇだろ! 親父とお袋が作ったんだからなぁ!」


 これまでに弟子達が倒した変異種は、私が貪縄で持ち帰り、ロンさんのご両親に頼んで《装備品》に加工してもらっていたのです。

 五人分の急な注文も快く引き受け、すぐに完成させてくださったお二人には頭が上がりません。


 出来栄えも素晴らしく、どれも《ランク3》以上、ハスト村では他にないレベルの《装備品》となりました。

 もし弟子達がそれらの力に慢心していれば足元を掬われるかもしれませんが、武器防具への過度な信頼の気配はないため、口出しは不要そうです。

 被弾は最小限に、コボルド達を次々に倒しています。


「それにしても奴ら、一向に気付く様子がありませんな。《自然体》……と言いましたか。他者の存在すら隠せるとは凄まじき《スキル》ですな」

「ええ、私も重宝していますよ」


 観戦している私達ですが、実は戦場のすぐ傍に居ます。

 《自然体》の効果を拡張適用し、ドリスさんとナイディンさんの気配もゼロにしたのです。

 コボルド達は路傍の石にそうするように、私達のことをスルーしています。


「お陰でワシはいつも驚かされておるがの。少しは気配を漏らせ、いきなり出て来られると肝が冷えるのじゃ」

「善処しましょう」


 そんな世間話の合間にも戦闘は進んで行きます。

 優勢なのは弟子達の方です。


 リーダーがいようと魔物は魔物。

 統率が取れているわけではなく、陣形も戦術もお粗末。

 囲いもせず足並みも揃えず、ただただ無謀な突撃を繰り返すばかりで、数の利を十全に活かせているとは言えません。


 もちろん、無秩序な突撃でも数が数だけに脅威ではあります。

 今でも軽傷を与えたり、スタミナや魔力を削るといった戦果は上がっています。

 ただ、費用対効果は最悪クラスなので、このままならばコボルドの兵が先に尽きるでしょう。


「ゴォルオォウッ!」


 そんな未来を回避すべく、コボルド王が前線へと走り出しました。

 これまでは後方でふんぞり返っていましたが、すり減って行く軍勢に遂に痺れを切らしたのです。

 盗賊団頭領に比肩する身体能力でもって、瞬く間に距離を詰めて来ます。


「敵さんの親玉が来やすぜ!」

「アイツの相手は僕がしますっ」

「ごくごく、〈アイアンショット〉」


 本日三本目となる《中級魔力回復ポーション》を飲み干し、アーラさんが〈魔術〉を発動させました。

 コボルド王は二メートル越えの巨体を屈めてそれを躱し、そして四足歩行で駆け出します。


「ハアアァァ!」


 相対するはヴェルスさんです。

 キマイラの素材から作った《混獣毒の濁剣じょくけん》を携え、《レベル》が十以上離れたコボルド王へと立ち向かいます。

 しかし、この体格差でぶつかり合うのは不利でしょう。


「一発だけ援護するわね」

「キャウンッ!?」


 突如飛来した炎の球に、コボルド王が急ブレーキをかけました。

 慌てて腕で叩き散らしましたが、突進は弱まってしまいます。

 そこへヴェルスさんが斬りかかりました。


「ハァッ」

「グルゥ!」


 刃と爪が激突し、火花を散らします。

 二度、三度、四度……、連続して聞こえて来るのは甲高い金属音。

 両者の攻撃が拮抗している音です。


 両腕を使えるコボルド王に対し、ヴェルスさんの濁剣は一振り。

 さらには《パラメータ》でも負けています。

 そんな相手と、技量の優位のみで渡り合えているのですから、ヴェルスさんの技は既に達人の域と言えるでしょう。


「正面からは打ち合わず、反動も次の動きへの糧とし、常に移動できる体勢を心掛ける。基礎を余さず熟せていますね」


 一番弟子であり最も修業期間が長いから、というだけではありません。

 彼自身の剣へのひたむきな姿勢こそが短期間でここまでの成長をもたらしたのです。

 集団強化系《スキル》で配下の《経験値》を中抜きしてばかりだったコボルド王との、決定的な差異はそこです。


「終わりですね」

「グゥルアァッ!!」


 格下一人に長く粘られ焦りを見せたコボルド王。

 彼は決着を急ぐあまり、隙の大きな〈爪牙術:岩切り〉を使ってしまいました。


 獰猛な踏み込みから繰り出される爪撃。

 直撃すれば鎧ごと人間を両断せしめるそれを、ヴェルスさんはどこまでも平然と対処します。


 ゆらりと一歩ズレることで、体の軸を射線から外し。

 濁剣を横からぶつけることで、攻撃の軌道を逸らし。

 その際受けた衝撃を円運動で速度に変え、鋭く踏み込み──、


「〈クリスタルスラッシュ〉!」


 ──澄み渡るような一閃。

 〈中級剣術〉は、コボルド王を深々と斬り裂きました。


「グルルルゥゥ……」

「おおぉ! ヴェルス殿が変異種をやりましたぞ!」


 胴体を半分以上斬られた王は、夥しい量の血を溢しながら地に伏せました。

 濁剣の《装備効果》により《毒》が付与されており、反撃の目はありません。


 ヴェルスさんの快挙に諸手を挙げて喜ぶナイディンさん。

 倒した本人よりも嬉しそうで、何だか印象的に残りました。




 さて、コボルド王が倒れてからは早かったです。

 王が死に、完全に統制の取れなくなった群れは、散り散りとなって逃げ出しました。

 元々コボルド王の《仮のカリスマ》で強制的に戦わされていたようなものですし、自分達より遥かに強い敵に喧嘩を売る蛮勇は本来、持ち得ていないのです。


 戦い切った弟子達を労い、コボルド達の亡骸を貪縄で縛って帰路につきました。

 ドリスさんの気配があるため、魔物は近寄って来ません。

 帰るまでが狩りですが、彼女がいるとそのことを忘れてしまいそうになりますね。


 解体場でコボルド達を下ろし、狩人の方々に協力を要請するため村長の元に向かいます。

 メンバーは私とドリスさんとナイディンさん、それから弟子代表としてヴェルスさんです。


「お、お待ち下さいお役人様! それでは話が違います!」


 悲痛な叫びが聞こえて来たのは、村の中央辺りに差し掛かったときでした。

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