第17話 多対一

「ご無事でしたかっ、ヴェルス殿!」


 突如、空き地に現れ歓喜の叫びを上げた謎の大男。

 彼は安堵の笑みを浮かべ、こちらに近付いて来ました。

 言動からヴェルスさんの知り合いであると推測できます。


「ああ、僕は見ての通り傷一つ無いよ、ナイディン」

「話は村長に聞いておりましたが、よくぞご無事で……!」


 ヴェルスさんの前で膝を突く彼は、なんだか涙でも流しそうな勢いです。

 一頻ひとしきり無事を喜ぶと、今度は私の方へ向き直りました。、


「あなたがヤマヒト殿ですね」


 初対面のはずですが断定的です。

 村の住人のようですし消去法でしょうか。

 知られて困ることでもないので首肯します。


「ええ、私はヤマヒトです」

「やはり。隙の無い佇まい、凪いだ湖面のごとき静謐な気配。一廉ひとかどの武人であるとお見受けします」


 踵を揃え背筋を伸ばし、ビシッと畏まった礼をされました。


「ヴェルス殿達を助けて頂いたことをここに御礼申し上げます。誠に有難うございました」

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」


 ……初めの頃は会う人会う人に頭を下げられていたため麻痺していましたが、改めて感謝を告げられると少し気恥ずかしいですね。


「ときにヴェルスさん、こちらが以前言っていた同居人の方ですか?」

「そうですよ。ナイディンは僕の親代わりをしてくれてて、とても強くて頼りになるんです」

「おっと、紹介が遅れました。拙者はナイディンと申します」


 差し出された手を握り返します。

 それからもう少し休み、訓練を再開しました。


「本当に手伝っていただいてよろしいのですか?」

「無論です。ヴェルス殿の訓練でもありますし、誠心誠意ご協力いたしましょう」


 ナイディンさんは背負っていた矛を下ろし、拳と拳をぶつけ合わせて言いました。


「それでは模擬戦のチーム分けを変えなくてはなりませんね。チヅさん以外の四人とナイディンさんで、四対一で戦ってください」


 実力差を鑑みた適切な分配です。

 そのはずなのですが、弟子達は少し不満げな気配になりました。


「おいおい大丈夫か? ナイディンさんが強いのは知ってっけど武器無しなんだろ」

「ロン君の言う通りだわ。いくら私が《称号》を使わなくても、四対一では勝負にならないと思うわよ」

「同感です。ナイディンは強いですけど僕達も成長していますので……」


 最初のがロンさんの、最後のがヴェルスさんの意見です。

 二番目はタチアナさんのですね。


 盗賊の襲撃で多くのものを失った彼女は、ヴェルスさん達と共に狩人になると決めました。

 ただ、《称号》の力と頭領を殺して上がった《レベル》だけではまだ不安が残るため、私の元で戦い方を学ぶこととなりました。

 《パラメータ》傾向や《スキル》適性、身体の特性を考慮した結果、剣と盾を鍛えてもらっています。


「俺もロン達と同感だ。でもヤマヒトの決めたことだからな。観察眼がずば抜けてるってことは知ってるし、そうしろってんなら従うぜ」


 半信半疑ながら賛成の姿勢を取ってくれたのはシェドさんです。

 槍を使う男性狩人であり、実は村に来た初日、詰所へと案内してくださった自警団の方でもあります。

 この村の自警団のほとんどは、狩人も兼任しているのです。


「……それもそうだな。一度戦ってから考えるか」

「ふふふっ、腕が鳴るわ」

「四対一ですが容赦はしませんよ、ナイディン」


 弟子達も納得してくれたので、模擬戦を始めましょう。

 ナイディンさんと四人が対峙します。

 あまり数の利を活かせる陣形ではありませんが、構わず開始の合図を出しました。


「では、始め」


 それから十秒後。

 弟子四人は地面に薙ぎ倒されていました。


「無情ですね」

「そうっすねぇ」


 キリリリリ、ピョウッ。

 チヅさんの鳴らす弦音が空き地に響きました。

 的中。素晴らしい腕前です。


「つ、強すぎだろ……」


 ロンさんが四人の心の声を代弁しました。

 驚異的なフィジカルによりあっという間に全滅させられたための感想です。


「……驚かされたのは拙者の方です。ヴェルス殿とロン殿のことは以前から知っておりましたが、見違えました。拙者が村を発つ前とは全くの別物です」

「余裕だなぁ、おい。まあ当然か。一捻りだったもんな」

「ここまで一方的になるとは思わなかったわ」

「ナイディンと私達の間には、これほどの開きがあったのですね……」

「皆さん、あまり気を落とさないでください」


 意気消沈の弟子達を励ますため声を掛けます。


「《パラメータ》差がかなりあるので負けるのは当然です。勝敗は『強み』の総和で決まります。武器や人数の優位も、それを覆す程の『強み』が相手にあっては敗北は必至です」


 この模擬戦から学んでいただきたい点は一つ、と言って人差し指を立てます。


「実力差を見極められるようになってください。真剣に取り組んでいるため皆さんは格段に成長していますが、技術は絶対のものではありません。上には上がいます。どのくらいの相手になら勝てるのか、それが分からなくては早死にしますよ」


 そこで一呼吸挟み、言葉を続けます。


「便利なのは《気配察知》ですが、これでわかるのは《ステータス》の強さだけです。それに《潜伏》などで気配を隠す者も少なくありませんので過信は禁物です。相手の身のこなしからも練度を推し量れるようになるべきですね」


 それから連携や個々の改善点といった細々こまごまとした指摘をし、そして再び多対一での模擬戦を始めてもらいました。

 格上との戦いを想定した訓練です。

 ナイディンさんが手加減してくださっているため、弟子達は防戦一方ながらも持ちこたえることができています。


 適宜、指示を飛ばしたり、チヅさんに助言したりしていると時間はすぐに過ぎて行き、終了の時間になりました。


「三人とも、行く」

「アーラさん、おはようございます。それからありがとうございます。ドリスさんにリボンをくださったそうで」

「ん、感謝は不要。色々〈魔術〉見せてくれた、ドリスへのお礼」


 歩いてきたのはアーラさん。

 ヴェルスさん達の仲間で、盗賊退治でも一緒でした。


 魔術師として優れた才覚を持つ彼女は、自身すら圧倒するドリスさんの力に興味があり、積極的に関わってくださっています。

 何だかんだ面倒見のいい彼女のお陰で、ドリスさんは人間の文化に早く馴染むことができました。

 彼女にはとても感謝しています。


「それでは皆さん、今日はこの辺りでお開きとしましょう」

「「「ありがとうございました」」」


 解散し、弟子達が各々の仕事場へと向かって行きます。

 それを見送り、空き地には私とナイディンさんが残りました。

 その彼が「ヤマヒト殿」と話しかけて来ます。


「はい? どうされましたか」

「不躾な頼みであるとは重々承知していますが、お時間がよろしければ、一つお手合わせ願いたいのです」

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