第18話 豪槍ナイディン

「一つお手合わせ願いたいのです」


 矛使いの大男、ナイディンさんからそんな申し出を受けました。


「私は暇ですし全く構いませんが、ナイディンさんは大丈夫なのですか? 遠くの村まで変異種を倒しに行っていたと聞きましたが」


 ナイディンさんの遠征の理由。

 それは変異種の討伐です。


 変異種とは珍しい《種族進化》を遂げた魔物のことで、通常の魔物に比べて強力です。

 私もこの区分法を知ってまだ日が浅いので正確なことは言えませんが、『万魔山地』の五段階評価に当てはめると大体下から二番目くらいとなるようです。


 ただの狩人では太刀打ちできないことが多いため、周囲に変異種が出没したときは各村の指折りの狩人が結集して駆除します。

 ナイディンさんはここら一帯でも頭一つ抜けた強さのため、こういった事態ではほぼ確実にお呼ばれするそうで。

 今回もそれで隣村の隣村のその隣の村まで遠征していたのです。


 そんな遠征帰りで、しかも一対四で模擬戦を何度かおこなった後なため大層お疲れだろうと思ったのですが、どうもその辺りは気にしていないようでした。


「お気遣い有難く存じます。されど心配ご無用、拙者の活力は有り余っております故」

「それならばよいのですが」


 言って、ヴェルスさんが訓練で使っていた長剣を手に取ります。

 そして無造作に一閃。

 心象剣とは重心から柄の長さまで何もかも違いますが、《自然体》の把握力があれば一振りで感覚調整は完了できます。


 ナイディンさんも訓練用の槍を手に持ち数度素振りを行いました。


「それでは」

「始めましょうか」


 互いに距離を取って向かい合います。

 私は長剣を正眼に構え、ナイディンさんは矛先を斜め下へ向けてゆらゆら左右へ揺らしています。


「…………」

「…………」


 しばし流れる無言の膠着。

 けれど戦いはもう始まっています。

 矛先の揺れや体の動きを絶妙に変化させることで今にも飛び出さんとする意思を見せ、こちらに揺さぶりをかけて来ます。


 彼の仕掛けて来る繊細な駆け引きに、私は応じません。

 不動の構えを貫いて、ただ待ちます。


 このままでは無駄だと悟ったのでしょう。

 傍目には唐突と感じるようなタイミング、目を瞠るような初速で彼は駆け出しました。

 槍の方がリーチがあるため、先に仕掛けるのは彼の方です。


「シィッ」

「おっと」


 容赦なく胸に目掛けて放たれた突きを、横へ移動しつつ長剣を沿わせるようにして受け流します。

 しかし、ナイディンさんはすかさず半歩退いて槍を引き戻し、次の瞬間には再度刺突を放っていました。

 それを凌いでも次の攻撃、また次の攻撃と息つく間もない連撃が浴びせられます。


 攻撃を捌きつつ前進していますが、こちらが近付いた分だけ下がられるので距離が縮まりません。

 無論、圧倒的な《パラメータ》で押し潰すことはできますが、ただの試合で武人を相手にそんな無粋な真似はしません。

 出力が同等になるようにしています。


「ハァッ!」

「反撃する隙がありませんね」


 盗賊団頭領の力任せな攻撃とは根本から異なる、武術の息遣いを感じる猛攻です。

 私の呼吸や細かな挙動から動きを予測し、最も効果的かつ反撃が難しくなるような位置、タイミングで攻撃が飛んで来ます。


 私の動きには『騙し』こそありませんが、予備動作は最小限です。

 視るだけでは満足な予測は出来ませんが、それを戦闘勘で補っているようです。


 決してこちらの間合いに入らず、しかして私を逃がしもしない。

 技の冴えだけではない、卓越した戦闘技能には舌を巻きます。

 けれど、ずっとこうしている訳にもいきませんので、私もそろそろ攻めるとしましょう。


「ここですね」

「なぬっ!?」


 これまで何度もやったように長剣で攻撃を逸らす、と見せかけて突きを放ち、正面からかち合わせました。

 刃の潰された穂先と、同じく刃引き済みの切先。

 弾かれた武器同士が甲高い音を奏でます。


 高速で突き出される穂先に合わせるのはそれなりの難度ですが、そこは年の功。

 無駄に磨かれた私の身体操作精度であれば朝飯前です。


 予想通りの結果だったため私は迷わず次の手に移りましたが、ナイディンさんは違いました。

 慮外の出来事で意識に間隙が生じ、瞬間、動きが乱れます。

 それは隙と呼ぶにはあまりにも些少な鈍りでしたが、この場ではそれが命取りです。


「させませぬっ」


 すかさず振り下ろされる槍。

 熟練の戦士だけあって素晴らしい反応速度です。

 ですが、先の攻防で発生した僅かな遅れの間に、迎撃の準備は整っています。


 ガギンッ。


 長剣を片手持ちにし、もう片方の手で長剣の腹を支え、振り下ろしを防ぎました。

 同時、足を前に出します。

 振り下ろしの衝撃すらも踏み込む力に変換し、初速の速い特殊な歩法で一気に距離を詰め、後退しようとしていたナイディンさんへと長剣を突きつけます。


「……降参です、ヤマヒト殿」

「お手合わせありがとうございました」


 腕を伸ばせば貫ける距離に居る彼の降伏宣言を受け、私は長剣を下ろしました。

 右手を差し出し握手を交わします。

 握手や会釈等の作法も日本と同一らしいです。


「いやはや、お強いのだろうとは思っておりましたがまさかこれほどとは。ヴェルス殿の上達の速さにも合点がいきました」

「いえいえ、私などまだまだです。それにヴェルスさんがすぐ上達したのは、ナイディンさんの指導で身体が仕上がっていたからですよ」


 ヴェルスさんに剣技を教えていたナイディンさんですが、体作りもご指導くださっていました。

 剣技とは頭脳だけでなく、骨肉や神経等の肉体に刻むもの。

 華奢な肉体であればそれに適した剣技──タチエナさんに教えているのがそれです──を教えましたが、やはり筋肉があった方が自由度は高く、練習量も増やしやすいです。


「ご謙遜を。実力差は痛感しております、あれほど軽くあしらわれたのですから。しかも、《パラメータ》を抑えた状態で」

「おや、お気付きになられていましたか。誤解のないよう言っておきますと決して侮っていたわけではないのです」

干戈かんかを交えたのです、あなたがそのような人物でないことは承知しております。そも、敗者の立場で全力を出せなどとは口が裂けても言えませぬ」


 快活に笑うナイディンさんと、それから少し話をしました。

 明日からの予定は特に入っていないらしく、稽古もお手伝いくださると仰っていました。

 これならば、弟子達を『逢魔の森』に連れて行く計画も実行に移せそうです。


===============


 本日は夜にももう一話投稿します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る