第9話 盗賊
ゴンッ。
それは、人体を斬りつけたとは思えない、重くて低い音でした。
「あぁ……っ」
「あぁ……?」
似た発音でありながら、全く異なるニュアンスの声がしました。。
前者は悲しそうに悔しそうに顔を歪めた目の前の少年の声で、後者は怪訝そうな様子の背後に立つ男性の声です。
「あれ、生きてる……?」
「な、何で傷一つ付いてねぇ!?」
前後からまたも声が掛けられます。
困りましたね、どちらを向いて応答すべきか悩みます。
「チッ、仕立ての良い服だとは思ってたが高位の《装備品》か? おい、服のないところを狙え! 気配は雑魚だからそれで殺せる」
「へい!」
大人数集団の後方に居る弓使いが指示を出し、それに従い最前列の剣士が再度、振りかぶりました。
「伏せてくださいっ」
そう叫んだ少年が、私の脇へ駆け抜けます。
そして私に向かって振り下ろされた剣を、自身の剣で受け止めました。
「ぐっ、く……!」
「おいヴェルス! 無茶してんじゃねえ!」
彼の仲間である短髪の槍使いが叫びました。
少年の膂力は相当なものですが、敵が坂の上方にいて地形的に不利なため、かなりギリギリの鍔迫り合いとなっています。
「ここは危険ですっ、早く逃げてくださいっ」
「たしかに危険ですね」
親切にも忠告してくれる少年の腰には、斜面で踏ん張るという不自然な体勢のせいで多大な負荷が掛かっています。
彼の仲間や相手の集団も一触即発の気配です。
若くして腰を痛めてしまっては
「よいしょ」
男性の剣に人差し指を当て、つい、と押し返してやります。
これで少年の腰は守られたでしょう。
「あ゛ぁ!? どうなってやがるっ!?」
「ゆっ、指っ、大丈夫なんですか!?」
「ええ、彼は非力ですので私に傷は付けられません。ですので後ろに戻っていてください」
安心させるよう、微笑みながら言います。
剣の質に使い手の技量や《パラメータ》。どれも私の防御を破るには遥かに及びません。
少年は戸惑いつつも数歩下がってくれました。
「く、クソッ、舐めやがって!」
剣士の男性は顔を赤くし青筋を立てていますが、剣はその場から一ミリも動いていません。
怒りや気合で実力差は覆せないのです。
「こらこら、いけませんよ。無闇矢鱈と力を込めては──」
言いながら、指を引き戻します。
「──転んでしまいます」
「おっ? おわあぁぁぁぁっ!」
対抗していた力がふっと消えたことで、男性は体勢を崩しました。
ここが坂であったことも災いし、ゴロゴロと勢いよく転がって行きます。
転がる彼を避けるついでに剣を回収しておいたので、自分の剣で死んでしまう事態にはならないはずですが。
「なにボサっと見てる! お前ら、早く攻撃しろ!」
「「「へ、へい!」」」
集団のリーダーと思しき弓使いが怒鳴り、大人数集団の者達がそれぞれの得物を構えますが、遅いですね。
──バキンッ。
「おや、壊れましたか。私もまだまだ未熟です」
男性から貰った剣が、私の手の中で砕け散りました。
凪光とは長さから重心から何もかも違うとはいえ、高々十数回の武器破壊で限界を迎えさせてしまうとは。
猛省です。
「な、何が起こった……!?」
私が反省している傍で、剣を、槍を、斧を、弓の弦を、それぞれの得物を根元から斬り落とされた男達が、騒然としていました。
「おいっ、お前の仕業か!? 何しやがった!?」
「話を遮られては困るので、武装解除していただきました。フェアウェル・トゥ・アームズというやつです」
「どうやってだ!?」
「普通に、剣で斬ってですよ」
《敏捷性》が違いすぎるため、彼らの目には残像すら映らなかったでしょうが。
《寂静》を得て以降、隠密効果の応用で風を起こさず動けるようになったので、気付けなくとも無理はありません。
何はともあれ、これで私も彼らも武器を失い、落ち着いて話が出来ます。
「それでは、先程のお話の続きを──」
「「「うわぁぁぁぁ!」」」
──聞かせていただこうとした矢先、大声を上げて大人数集団が逃げて行きます。
蜘蛛の子を散らすような逃げっぷりで、山道を外れて行く人もいました。
……今日は会話を邪魔されることが多いですね。
「あ、話の続きでしたね。……すみません、歩きながらでもいいですか?」
「構いませんよ。急いでおられるのですか?」
「はい、かなり」
という訳で、移動しながら話してもらうことになりました。
「と、その前に。僕はヴェルスと言います。こっちの槍使いはロンで」
「おう!」
「こっちの魔術師がアーラ」
「……よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
槍を担いだ少年が威勢よく、杖を抱いた少女がボソリと、それぞれ返事をしました。
そしてヴェルスさんは事情を語り始めました。
「事の発端は今朝、僕達の村が襲われたことです。襲ったのは盗賊団で、家屋に火を着けたり、食料を奪ったり、人を攫って行ったりと好き放題していたみたいです」
「みたい?」
「そのとき僕達は狩りに出ていて、村の異変に気付いて戻った頃にはもう、盗賊達は引き上げていたんです」
「そうでしたか」
彼の表情からずっと、思いつめたような陰が消えないのは、そのことが原因でしょうか。
「それで、盗賊達はまだ遠くには行っていないようだったので僕達は奪われたものを取り返しに向かったのですが……。あちらもそのことを警戒していたみたいで、ああして待ち伏せされていたんです」
「つまり先程の彼らは盗賊の一味だったのですね」
「そうなります。村の皆の話では二十人は居たらしいので、あれで全部ではないと思いますが……」
「やはり捕まえておくべきでしたか」
事情も知らず手荒なことをするのはと一度は見逃しましたが、盗賊だと判明した以上、野放しにしておく必要はありません。
「捕まえるのは後からで大丈夫です。今は奪還が最優先ですから」
「まあまあ遠慮なさらずに、そう手のかかることではありませんので。《具心具召喚・万里の
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《万里の
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召喚したのは、金の紐と橙の紐で編まれた一本の縄です。
両端はぶつ切りとなっており、私は縄の真ん中を握っています。
「《如意》、起動」
《装備効果》が発動し、縄が濁流のような勢いで伸びました。
それは瞬く間に茂みの中へと消え、そして逃げた盗賊達を捕らえて行きます。
彼らの気配は全て補足しているため、転移でもされない限りは取り逃がしません。
時間にしておよそ五秒。
それだけで先程逃げて去った盗賊達は、全員私達の前に戻ってきました。
「「「……は?」」」
私以外の誰もが、状況が呑み込めないかのように呆けていました。
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