第8話 第一村人

 強火で焼けば時短になるのではないか? とはやるドリスさんを宥めながら調理──と言っても焼くだけですが──を続け、きちんと火が通ったのを気配で感じ、許可を出します。


「もう大丈夫ですよ」

「ようやくか」


 火の靄を消し、ドリスさんが肉に食らいつきました。

 竜人特有の鋭い八重歯が肉を容易く噛み切ります。


 常人なら火傷する熱さのはずですが、彼女にそれを気にする様子はありません。

 これは彼女の《レベル》が上がり、《防御力》も上がっていたためです。

 《防御力》の《パラメータ》は熱や冷気への耐性も高めるのです。


「肉ばかりでは栄養のバランスが悪いですよ。野菜もどうぞ」


 木にっていたキャベツのような果物を、近くの綺麗な湧き水で洗い、ドリスさんに差し出します。

 本物のキャベツとは栄養価が少し異なっており、彼女に必要な分をちょうど補ってくれることが気配で分かっていました。


「何じゃこれは。葉か? 人間は肉食ではないのか?」

「人間は雑食なので肉ばかりだと体調を崩してしまうんです」

「そうであるか。というかお主、いつの間にこんなもの取って来たんじゃ?」

「ついさっきですよ」


 それから少しして、バリバリとキャベツもどきをかじる彼女が質問を投げかけて来ました。


「そういえばヤマヒトは何も食べなくて良いのか?」

「私は《仙人》ですので飲み食いは不要なのです」

「ほう、それは羨ましいの」


 そんな会話を挟みつつ。

 お腹いっぱい食べたドリスさんは、すっくと立ちあがります。


「そろそろ出発するぞ」

「わかりました」


 飛行を再開します。


「おや、少し速くなってますね」

「《魔力量》が増え回復速度も上がった故、〈ナイトフライト〉にさらに多くの魔力を注げるようになったのじゃ。ヤマヒトが疲れるようならちと落とすが……」

「お気遣いありがとうございます。ですが、私は《仙神丹・不還》があるので疲労は皆無です。心配はご無用ですよ」

「そうであったか」


 こうして時折話をしたり、襲ってくる空飛ぶ魔物を撃退したり。

 そのようにして私達の旅は続いて行きました。




 旅も三日目に差し掛かりました。

 結構な距離を移動し、山岳地帯を抜け、渓谷を過ぎ、再び山岳地帯に入り、そして今では平地も多くなってきました。

 しかし、未だ人影は見当たりません。


「それにしてもあまり強い魔物がいませんね」

「これでもそれなりに強い方じゃぞ? お主の住んでおった地域が異常なのじゃ」

「そうなのですか?」


 初日に倒した羊さんクラスの魔物も疎らにしか居ないのですが、他のところではこれくらいが普通なのでしょうか。


「そうじゃ。ワシも前世は竜の多数生息する魔境におったが、そこと同等かそれ以上の危険度じゃぞ。特にあの狐の魔物の気配は異常じゃった」

「まあ狐さんは特別な魔物ですからね。なにせ──おや?」


 そのとき、私の感知範囲にとある気配が入り込みました。


「どうしたのじゃ?」

「人間の集落を発見しました」

「ふむ、そうか」


 それを聞いた彼女の返答は、「それがどうした」と言わんばかりに無感動なものでした。


「嬉しくないのですか?」

「? 何を喜ぶ必要がある?」

「人間達に聞けば故郷の場所がわかるかもしれませんよ」

「ワシの故郷は竜が多かったといったじゃろう。人が訪れることなんぞ、ワシが殺された時を除いてほとんどのぅた。人間に聞いたとしてもわかるはずなかろう」


 なるほど、そこに認識の齟齬があったのですね。


「たしかに危険な場所に立ち入ることはないかもしれませんが、それならそれで理由が広まっているはずです。あそこには竜がたくさんいるから近寄るな、という風に」

「ふむ、一理あるの」

「そして人間は情報を同族と共有するため、そのような特徴的な地域であれば知っている人も居るかもしれませんよ」

「なるほどの。やはり主は人間に詳しいのう、付いて来てくれて助かるわい」


 ふむふむと得心した様子のドリスさん。


「ではそちらに進路を取ろう。方角を教えよ」

「あちらですよ」


 そうして私達は進行方向を右に傾けたのだった。




「全っ然っ、着かぬではないか!」

「あと少しの辛抱ですよ」

「前にそのセリフを聞いてからもう随分経つぞ!?」


 前に言ってからまだ一時間程度だというのに、ドリスさんはせっかちですね。


「お主の感知範囲はどうなっとるんじゃ……」

「《スキル》のおかげですね。しかしご安心ください。人間達の集落はもう、すぐそこですよ」

「本当じゃろうな……」

「本当ですよ。ただ、その前に──」


 宙を蹴る力を強め、ドリスさんの前に出ます。


「──少し寄りたいところがあるので失礼します。気配はわかるようにしておきますので、そのままのペースで向かってくださって構いません」

「何かあったのかの?」

「人間が戦っているようなのです」


 そう言い残し、さらに加速。

 それから到着するまでの間に、現場の様子に意識を向けます。


 戦っているのは二つの人間の集団です。

 人数にはかなりの開きがあり、少ない方は三人、多い方は十数人となっており、普通ならば勝負になりません。

 が、三人の集団は少数精鋭なようで、数的不利にもかかわらず五分五分の接戦を演じています。


 山の小道でぶつかり合う両者が、同時に距離を取った瞬間を見計らい。

 私は間に割り込むようにして着地します。


「ご両者とも、暴力はいけませ──」

「な、何者だお前!?」


 私の言葉を遮るようにして、大人数集団の最前列にいた一人が叫びました。

 そちらに向き直り、正直に答えます。


「私はヤマヒトと申します」

「空から現れたように見えましたが……」


 今度は小人数集団のリーダーっぽい男の子に話しかけられました。

 少年と青年の境となる年頃です。

 後ろに向き直り、


「そういう《スキル》を持っていますので」


 こちらにも正直に答えます。

 見知らぬ闖入者への警戒を解いてもらおうとの心算でしたが、結果は芳しくありません。

 両者とも、仲間内でひそひそと話し合っています。


「……そろそろよろしいでしょうか」

「あ、ああ、ヤマヒトさん。どういったご用件だろうか」


 少人数側の少年が、年齢に不釣り合いな硬い口調で問うて来ました。


「移動していましたら戦闘の気配がしたもので、止めに来たのですよ。理由は存じ上げませんが、暴力はいけません」

「それはもっともですが、僕らにも退けない理由があります」

「何か事情がおありですかな?」

「はい。実は、僕らの村が──あ、危ないっ」


 私が少年の話に耳を傾けていた、そのとき。

 少年とその仲間達が目を見開き、そして背後から鉄の剣が私の体を斬りつけました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る