第4話 日常★
この世界に来てから
きちんと数えてるわけではないのですが、四季が一巡したためそう判断しています。
それだけの時間があったため、私はこの山地を無事に脱出──していません。
「
山々を照らす朝日に目を細め、しみじみと呟きます。
腰かけていた木の枝から立ち上がり、新鮮な朝の空気を胸いっぱいに吸い込みました。
すっかり慣れ親しんだ緑の匂いを感じながら、グっと伸びを一つ。
「今日も一日頑張るとしましょう」
音もなく斜面に飛び降り、スタスタと歩いて行きます。
向かう先にあるのは、大きな滝。
かつて社員旅行で行った
落水の吐き出す喧騒を物ともせず、私は滝の真下へと入って行きます。
「…………」
高高度からの大質量。筆舌に尽くしがたい圧力が私を襲います。
滝行には過剰に過ぎる水圧ですが、今の私にはこの程度、どうということはありません。
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人間種―仙人 Lv64
個体名 ヤマヒト
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この一年で、私の《レベル》はここまで上がりました。
《レベル》に応じて《パラメータ》も上がったため、このような危険行為も行えます。
「…………」
胡坐をかいて目を瞑り、精神を統一します。
水が我が身を打つ感覚。肌に染み入る澄んだ冷たさ。
滝からもたらされる刺激に意識が冴えて行きます。
そうしてクリアになった頭脳で、ここに残ることを決めたあの日に思いを馳せます。
あれはそう、転生してから三日目のこと。
飽きることなく、いえ、若干飽き飽きしながらも、下流を目指して歩いていました。
私は、私の隠形を見破り襲い掛かって来た魔物を倒し、ふと、山を見上げました。
夕空を背景に、悠然と
そこにあったのは、息を呑むほどに幻想的な風景でした。
その景色を見て、別に人里を探す必要もないのではということに思い至ったのです。
風光明媚、深山幽谷という言葉がピッタリなこの場所は、魔物の危険さえ考えなければ絶好の景勝地と言えます。
そしてその頃の私はもう、大抵の魔物に
人っ子一人居ない山奥ですが、それはそれ。住めば都という格言もあります。
社会人が擦り切れた心を癒すために、人里離れた田舎を求めるのと同じく。
しばらくはここで休養を取るのもいいのではないかと考えたのです。
そんな思い付きから始まったスローライフ。
初めの内はそれまでと変わらず、あちこちを歩き回っていました。腰を据える場所を探すためです。
しばらく旅をして、そして見つけたのがこの滝です。
溜息が出るほど雄大で、近くには見晴らしの良い山もあり。拠点とするにはうってつけだと思いました。
それからは滝行をしたり、運動をしたり、散歩をしたり、時折襲い掛かって来る魔物を倒したりしている内に、気付けばもう一年です。
時が過ぎるのが速いのは、毎日が充足しているからでしょうか。
「
小さく呟き立ち上がります。
体を圧し潰さんとする水勢に耐えながら歩いて滝を出ました。
すると、ずぶ濡れだった服が乾燥して行きます。
「《無垢の天衣》は優秀ですね」
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《無垢の天衣》ランク7:装備者に全状態異常耐性を付与。この装備品の汚れを浄化できる。形状を変化させられる。
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最初に着ていた服はボロボロになってしまったため、現在は《無垢の天衣》を着用しています。
これは《具心具召喚》で呼び出せる《装備品》の一つで、洗濯要らずな優れモノです。
水まで浄化対象なので乾燥の必要もありません。
また、形状変化も便利です。
真っ白なガウンのような上着をはじめ、私の衣服は全て《無垢の天衣》かそれを変形させたものです。
少々厚手ですが、肌触りも良く、大変満足しています。
「《神足通》」
それから
木が生えておらず傾斜もない、体を動かすのに適した広場です。
「《具申具召喚》。始めましょうか」
凪光を両手で握り、振り上げ、踏み込みと共に振り下ろします。
足の先から指の先まで神経を張り巡らせ、全身の肉と骨を連動させた一動作。無駄を省き
ですが、最高ではありません。
左手を引くのが一瞬遅れたため僅かに力が損なわれる、といったミスが幾つもありました。
踏み込んだ距離を下がりながら刀を振り上げ、先程の反省点を意識して、再度踏み込み振り下ろしました。
それを千回繰り返し、その次は斜めに千回。最後に横に千回振って、ウォームアップは終了です。
この後は斬撃と斬撃を連続して繰り出す練習をしていきます。
この一年で私の剣を振る技術も飛躍的に向上しました。
剣を学ぶ師も腕を競う
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スキル 具心具召喚Lv3 光明Lv5 寂静Lv8 仙神丹Lv3 ハートアラートLv1 仏眼Lv8 六神通Lv4
称号
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《暗視》は《光明》に。
《潜伏》は《
《気配察知》は《
《仙身丹》は《仙神丹》に。
それぞれ進化しました。
これらの内、剣技を磨く上で大いにお世話なったのが《仏眼》です。
《気配察知》をより鮮明かつ精細にしたこの《スキル》は、人体の構造や力の流れすらも感知可能となりました。
扱い切れていない関節や筋肉はあるか。力がロスしているのはどこか。
剣の軌道に歪みは無いか。体幹がブレていないか。
力の加減は適切か。踏み込みの距離は最適か。
そういったことを
と言っても、実戦経験と言えば向かって来た魔物を斬るくらいのお座敷剣術ですが。
さて、そのように剣技の練習をしていると、一体の魔物が姿を現しました。
その視線は完全に私を捉えています。
剣を振るっている間は《潜伏》改め《寂静》の効果も薄れるため、勘のいい魔物が私を見つけることもあるのです。
大抵の場合は実力差を察して逃げて行くのですが、稀にそのまま襲ってくることもあり、今回のは後者だったようです。
「ギシャアァァッ!」
灰色の鱗に稲妻のような黄色模様のある大蛇が、体表の模様に黄金を灯し、稲妻さながらの速度で飛び掛かって来ました。
私は滑るような足捌きで攻撃線上から外れると、凪光を振るいます。
丸呑みにせんと開けられていた大口の、ちょうど真ん中を刃が通ります。
凪光は突っ込んできた大蛇の速度と合わさり、何の抵抗もなくその肉体を二枚に下ろしてしまいました。
大蛇の生命反応は途絶えましたが、《レベル》に変化はありません。
何事もなかったかのように稽古を再開します。
かつてのように
自然界に身を置いたが故の心境の変化です。
生物の死を当然の事象として認識し、受け入れるようになりました。
殺すことも、殺されることも、全ては自然の摂理の一部。
命は尊いものですが、その尊い命を維持するために命を奪わなくてはならないのがこの世界です。
今この時も、《仏眼》の感知範囲内では数多の生存競争が繰り広げられています。
例えば山野を駆ける兎と狼。
私が動けば哀れな弱者を救えますが、そのようなことはしません。
憐憫はあります、しかしその衝動に身を委ねていてはキリがありません。
命の流転は不変の理なのです。
故に私は襲って来た魔物を容赦なく屠りますし、殺されかけている魔物をわざわざ救いません。
「…………」
気配を消した仲間の元に誘い込み、哀れな狼の群れを一網打尽にした兎軍団の気配を感じ取りながら。
私は今日も、無心で剣を振るいます。
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