カルテ.06『医師の秘密』
『
二人の乗るワンボックスバンは禍空病による被害発生時に緊急車両として用いる事が厚生労働省によって認可されており、車内後部にはダンバース製薬の最新鋭技術が備わっている。
けたたましいサイレンを鳴らしながら、トオルは無線から受け取った情報をアヤカに共有する。
「レスキュー隊が既に現着してます……が、大量の飛び出す障害物によって救助は難航してるみたいです」
「既に警戒されている学校ではなく、外で仕掛けてきたか……」
「やはり、『
「だろうね。生徒を襲うかもしれないという可能性を流石な僕達に与えることで、討伐に力を集中させないようにしたいんだろう……こういうこと学校みたいな場所でされると色々と目の上の辺りがうるさくなるんだよなぁ~……まっ、その辺の対応についてはなんとかするとして、今は治療を必要とするものたちの所へ行くとしよう」
「了解で──うぉっ!?」
アヤカの指示に了承し、目的地のトンネル入り口に差し掛かると、獲物を見つけた豹の如く、暗闇の中から車が飛び出し、無理矢理にハンドルを切ってそれを避けながら停車させられる。
「ッッてぇ~……大丈夫ですか、アヤカ先生……?」
「……タナカ家は車使った攻撃好き過ぎないかい? ったく、荷物を取り給え、徒歩で近づこう」
「自由に動けるぶん、そっちの方が安全ですかね……そうしますか」
と、アヤカの提案にトオルは首肯し、二人は再度車が飛び出してくるのに最大限警戒しながら、トンネルの奥へと徒歩で進んでいく。
そして、ある程度進んでいくと、二人の前方に横転したバスが出現する。
その傍らにはバスを横転させたであろうひしゃげた軽自動車と、トオルの言う通りに救助活動を行っていたレスキュー隊の面々が存在しており、レスキュー隊はバスへ近づこうと試みるが、『
「通報があって来ました! ダンバース製薬ですッ!! クリストフさんは居ますかッ!?」
そんな風にトオルが大声で叫びながらバスの近くに駆け寄ると、救助隊の一人、最も多く指揮の声を張り上げていた黒人男性が自身の名を呼ばれたことに気付き、振り返る。
「おおっ! やっと来たか、派手医者にその付き人ッ!!」
クリストフと呼ばれたその男は、レスキュー隊の中でも最精鋭集団と言われる即応対処部隊の隊長であり、何かと救命現場でアヤカ達と顔の合わせる事の多い人物である。
「派手医者じゃなくてアヤカ先生と呼べスカポンタンッ!!」
「それに俺も付き人じゃなくて護衛──ってそんな事より、救助の進みはどうなっていますか?」
「ああ……悔しいが、今の所全然近づけてないぜ。物体を平面化する能力だったか? 予想以上に厄介だぜ、地雷原を歩くのと変わんねぇじゃあねぇか」
「地雷……なら、俺が一度通ってわざと発動させていくので、あとから安全な道を通って救助活動するのはどうでしょう?」
「いやいや、流石にそんな生贄みたいな真似をさせるわけには……」
「そうだね。見たところ平面化の罠は壁だけでなく、天井にまで仕掛けられているようだ。いくら速度に慣れているトオルと言えど、無傷で通るのは難しいだろう」
「でもアヤカ先生、このままではいつまで経っても救助なんて……」
「まぁ聞けよ、その作戦自体を否定してるんじゃあないんだぜ。問題は怪我人を出さなきゃいいってことだろう? だったら……流石な僕が通ればいい」
「えっ、ちょっ、アヤカ先生ッ!?」
アヤカはそれだけを言い残して、一人で前に進み出る。
その歩みには怯えといったものは一切感じられず、早くも遅くもない、きっぱりとした足取りでアヤカはバスへと歩み寄る。
「待て派手医者ァ!! クソッ、また勝手に……」
「ダメですクリストフさんッ! 行ったら無事じゃあ済みませんッ!!」
「しかし……ハッ!?」
アヤカを止めようとするクリストフを、トオルがまた止めたその時、アヤカの頭上に仕掛けられた平面化した車が解き放たれ、そのまま真っ直ぐに落下し、ぐしゃりという音を立ててアヤカを微塵に押し潰し、切り離された上半身が地面へと転げ落ちてしまう。
「は、派手医者ーーーッ!!」
そのあまりにも悲惨な光景を目の当たりにしたクリストフは絶叫を上げ、それを見ていた他のレスキュー隊員達も悲痛な表情に染まり、絶句している。
「──はぁ……仕方ない、クリストフさん。他のレスキュー隊の人達に搬送の準備を進めるように言ってあげてください。アヤカ先生が通った場所以外は通らないように気を付けながら」
「……なんだと?」
そんな中でただ一人、トオルだけは一切動揺や悲しむといった様子を見せなかった。
それどころか、クリストフに対して次の行動を示してやれるほど、精神的に余裕があった。
なぜ、そのように平静そのものといった風に振舞えるのか──そうクリストフが問おうとした時である。
「……──『
そんなアヤカの声が鼓膜に触れたかと思えば、落下してきた車の下から極彩色に光り輝く粒子が宙へ舞い上がり、それらが一つに集まって、アヤカの身体を再構築していく。
「フゥーッ……むっ! 危ない危ない、サングラスを失くすところだった」
そして完全に再生したアヤカは服についた汚れを手で払い落とし、地面に落ちたサングラスを拾い上げると、そのまま何事も無かったかのようにバスの方へと再び歩き出す。
「わ、忘れてた、そうだったな……アイツにはアレがあったんだったな。知ってはいたが、車に潰されても平気とはな」
「そういえばクリストフさんは初めてでしたっけ、アヤカ先生が禍空病の能力を使うところをちゃんと見るのは」
そう、アヤカは伊達や酔狂であんな派手な姿をしているわけではない。あの奇抜な髪の色も、尖った耳も、全てが禍空病に対抗する為のものなのだ。
アヤカ・モロイシ──彼女は禍空病を自身の体内に投与することで抗体を獲得し、人の身で禍空病の能力を扱うことを世界で初めて成功させた人間なのである。
禍空病個体名は『
その能力は自身の身体をナノレベルの硬質化した粒子に変換、分解するというものであり、この能力のお陰で、アヤカ自身は手を切り落とそうが、車に押し潰されようが無傷でいられる他、癌細胞や禍空病などのそれまで治療困難で病や怪我に対する治療を可能としているのである。
「よし、着いた……流石な僕が先に入ってトリアージするッ! 続けて来いッ!!」
そう言いながらアヤカは横転したバスの窓ガラスの上に立つと、手だけを粒子化させて窓ガラスの隙間を通って鍵を開け、車内へと侵入する。
「うぅっ……痛てぇッ……!」
「苦しい……」
「脚が……!!」
中には教師と生徒を含めて二十数名の野球部の部員達が、それぞれが腕や胸を抑えて苦悶する様子を見せていた。
そんな彼ら一人一人の状態をアヤカは冷静に分析してから──……。
「はーい、医師のモロイシで~す! これから皆さんには後遺症なく帰ってもらうので安心して下さ~い!!」
軽やかに、そして自信に満ち溢れた力強い声で宣言してみせるのだった。
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