第3話

ん……? うん。分かってる。うん、……迷惑だよね、すっごく。

ごめん。分かってるってば。でも、帰らないからね、僕。……帰れないし。

だって先生、気付いてる? 終電、もう過ぎちゃったんだ、ほんのちょっと前に……。時計見てごらんよ、……ね?


ズル賢い? 人聞き悪いなぁ。クレバーな策略家とでも言ってよ。


とにかくさ、実際問題。

こんな純情可憐な白皙の美少年を、深夜の路頭に迷わせる気なの、先生? イタイケな教え子が、欲求不満の痴女だのハッテン場のオジサンだのにつかまって、イタズラされちゃってもいいの?


あ、……やっと笑い声を聞かせてくれたね、先生。


うん、……うん。……分かったよ、先生。

タクシーが着くまでの間だけで、いい。だから、ドアを開けて、……ね?


うん、……ありがとう。先生……。


ああ、……やっと入れた。

先生の部屋……。


想像してたとおり、キチンと片付いてる……少し殺風景だけど。


ダメ、まだ、……タクシー呼ぶのは、もうちょっと待ってよ。

ほんのちょっとだけ、……ソファに座って、話そうよ、ね?

そう、そうだよ……僕の目を見て……よーく見て、ね?

……だんだん気持ちが落ち着いてきた、でしょ?


ねぇ、先生。カーテン開けていいよね? だってほら、こんなにゴージャスな満月。

月明かりに浮かぶ先生の横顔、すごくキレイだから……。


年増トシマ」だなんて。そんなふうに自分を蔑むのやめてよ、先生。

先生はキレイだよ。とびっきりキレイで、若くて、それに、まだ無垢で……。


……そんなに怒らないでよ。ああもう、……また、口がスベっちゃったかな?

ごめん。だって、僕には分かっちゃうんだ。先生が、まだ手つかずの無垢なツボミだってこと……。


どうしてさ? 男を知らないからって、恥ずかしがることない。先生はまだ、そんなに、そんなに若いんだからさ。

違う、違うよ、違うってば。からかってなんかないってば。断じて。そんなことない。絶対に。

僕は本気だ。本気で、先生の初めての男になりたい。

いや、……最初で最後の男になりたいんだ。

未来永劫、誓うよ、この満月に。


うん、そうだよ。そう、そのまま、……僕の目を見つめていてごらん。ずっと見つめて……。


吸い込まれそう……? 僕の瞳に映った月の光に……?

ふふふ……可愛いな、先生。とろけそうな顔してる。


シャンプーのいい匂いがするね、先生。

お風呂上がりなのに、わざわざスーツに着替えたんだ? ……そっか、僕が押し掛けてきたせいだよね。

パジャマ姿、見たかったのに。さすがにガードかたいね。

少し湿ってるよ。ちゃんと乾かさなくていいの?

……いいじゃない。せめて髪の毛くらい触らせてよ、ね?


ああ、……ステキだ、先生。

僕、いつだってドキドキしながら見とれてたんだから。

教壇に立った先生が、黒板の上の方に顔を振り向けたとき、肩に乗っていた黒髪の束がサラサラッと崩れて滑り落ちると、繊細な白い首があらわになるんだ……ほら、こんなふうに、……しっとりとした肌に浮き上がる細いスジ……この控え目な淡い陰影が、かえって僕を挑発するんだ……いつだって。

我を忘れて抱きすくめて、唇を押し当てたくなって……たまらなかったんだ。

ずっと、死にもの狂いで衝動をこらえてたんだよ、僕……。

だから、ねぇ……先生、先生……。

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