第2話
あれから11年の間、
そして、つい最近、母の職務上のスキルをこっそり借りて、
良家の子女ばかりがつどう小等部から高等部まで一貫の全寮制の学び
でも、彼女がコッソリと日記がわりにしるしている"ウラ"の
でも、その次の瞬間には、とほうもなくミジメな悲嘆と罪の意識で、ハシバミ色の大きな瞳がとろけだしそうにうるんだ。
おりしも、大好きなハロウィンの季節の母の赴任先が、今年は故郷の日本に決まった。
また、あの避暑地の高原の湖畔で過ごせるのだ。
花火大会の夜、年に一度の大イベントの準備に余念のない母の目を盗んでこっそり湖に走り出す。
あのころに比べて背は伸びた。けれど、やっぱり、同じ17才の女の子たちに比べると、ちょっぴり小柄で。
顔だちも子供じみた幼さが残り、そのくせ、胸とオシリだけは生意気に成長いちじるしい。
カラダのラインを恥ずかしがってダボッとしたチュニックなんかをはおると、小さな顔にアンバランスな服の大きさがかえって目立ってしまうので、仕方なくタイトなワンピースを身につける。
意図せずして自分の容姿が異性の目を引き付けていることを自覚させられた時の、途方もない不快感。
それ以来、
それとも、それは、
男をトリコにせずにはおかない魅力を異端とののしられ蹂躙され、同性にも妬まれ迫害された、血族のいにしえの遺伝子に。
でも正直、そんなことはどうでもよくって。
ただただ
初めて会った時から、ずっとずっと好きだった。
だから、その理由を自分の遺伝子にでも求めたら、自分の罪悪感が少しは晴れるかな、なんて。
ちゃっかり思っただけにすぎない。
――そもそも遺伝子って何よ? ……あたしは、あたしでしかないもの。
でも、とにかく、言えることは、いずれにしても、この想いは不可抗力。
――だから、許してね、
対岸の夜空に、最初の花火が上がった。
少し遅れて、「パーン」と音が響く。
その音にまぎれて、カサリと枯れ葉を踏む足音が聞こえたと思ったら、フワリと柔らかく風が動いて。
咲き初めの薔薇の香りに誘われたみたいに、さりげない驚きをよそおって。
でも、小麦色のなめらかな頬が真っ赤に染まるのを隠しようがないまま、
賢明な良家の子女は、当然、"オモテ"にも"ウラ"のアカウントにさえも
アンティークドールまがいの幼い少女は、美しい咲き初めの薔薇のままの少女に成長していて、
輪郭のはっきりした細い柳眉も切れの長い目も、優雅な鼻スジと口角のキュッとしまった意志的な唇も、相変わらずできすぎたアンティークドールそのものに無機質に整って、そこに、見事に均整のとれた肢体のしなやかさが、女性らしい優雅な曲線をハッキリと示していた。
「ごきげんよう、
まるで、ほんの数日ぶりの再会みたいに。
清らかな泉のままに涼やかでしっとりした美しい声。
青みがかったツヤヤカな黒髪がスルリと肩から背中にスベリ落ちると、彼女が細く長い首をわずかにかたむけた無作為のシグサさえ、計算づくのアプローチに思えてしまう。
それほどに、
「ご、ごきげんよう……」
ぎこちなく語尾がかすむアイサツ。
――だって、生まれて初めて口にする言葉だもの……
それに、少し鼻にかかったクセのある自分の甘ったるい高い声が、いたたまれないのだ、ムショーに。
子供の頃からかわりばえのない、この
左右にそれぞれクルンと揺れる毛先がお気に入りだったけど、なんだか急に子供っぽくて。バカみたいに思えてきた。
「やっと、会えた」
と、無邪気に微笑みながら、透けるような白い綺麗な手をのばして、
汗ばむくらいに熱を帯びていた
暗く切ない罪の意識も、その光に吸い込まれて消えてしまう気がした。
11年の時間なんて一瞬で超えて、2人は、あの幼い日のままに2人で笑いあった。
「ねえ。あれから、どうしてた?
「あたし、ママの仕事のつごうで、世界中を旅してまわってたの」
「あら、ステキね。うらやましい」
「
「わたしは、全寮制の学び舎に閉じこめられて、ひたすら学業に専念いたしましてよ。おかげさまで進学の悩みもさしてないから、お父様におねだりして11年ぶりにこの別荘に連れてきてもらったの」
と、おどけたように言ってから、
「アナタに会えるって。信じてたから」
青白いくらいに透き通った顔に、不意に熱っぽい愁いをのぞかせた。
やがて、滝のような仕掛け花火が流れおちたあと、スターマインが次々と連発して空をいっそう明るく輝かせる。
もうすぐ、祭りのフィナーレだ。
「また来年、ここにくるわ」
「どうかな。……そうだと、いいな」
「それ、どういう意味?」
「だって……11年前、アタシが
「……? え、ええ……まあね」
脈絡のない問いに困惑しながら、
それから、白いワンピースのポケットを探って、真っ赤な
幼かった、あの日と同じに。
どちらも、とびっきり有能な魔女である母のお手製の、魔法の
でも、11年前のあの日、
この真っ赤な
「んむ……っ!?」
小動物めいた愛くるしい小さな顔が赤くなったり青くなったり。
面白いように色を変える。
それがあまりに可憐で微笑ましくて。
魔女謹製の
恋の熱にノボセた少女の舌の上に転がされたら、あっという間に溶けてしまう。
その前に、どうしても、この
――そしたら、きっと、
でも、それは当然の罰だ。
魔法なんかでムリヤリ初恋を成就させようとした、世間知らずで身勝手な、半人前の魔女への罰。
だから、あまんじて受けなきゃならない。
魔法なんかでガンジガラメにした恋から、
だから、
――どうしよう、早くしないと
と、
あげくに、
「んん……っ!?」
今度は、
対岸のお祭りは、とっくに終わっていた。
湖面は漆黒に凪いで、銀色の三日月を浮かべていた。
かすかにさざめいていた秋の風も、ぴたりとやんで。
つかの間、夜の鳥や虫の声もとだえて、完全なる静寂が湖畔の森を包み込んだ気がした。
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