【BL】アキアカネ

こぼねサワー

【1話完結・読切】

「あー……まだ夕べの酒が残ってんなぁ」

先輩は、シャツのポケットのタバコを探りながら冷たいコンクリートの床にドッカリと腰をおろし、フェンスに背中をもたれてダルそうにタメ息をついた。


オレは、先輩の横に立ち、両手で手スリにもたれながらケムリをフカす。

少し前まで、このくらいの時間だと青空が見えてたのに。ずいぶん日が短くなってきたもんだ。

「"まだ"って……もう夕方ですよ? フツーのサラリーマンなら、タイムカード押してお帰りの時間……」


「だよなぁー。……なんか、オマエばっかり毎日遅くまでコキ使っちゃって悪いなぁー」

と、先輩は、新たなタメ息で、オレの語尾をさえぎる。

「たいした手当も出してやれないのにさ」


「別に。かまいませんよ。自分で決めた選択肢なんですから」

そう。アンタの夢に、とことん付き合うって。決めたのはオレなんだ。

「オレは、アンタを信じてますよ。"業界に旋風を巻き起こして、古い流れを一掃する"んでしょ? 先輩の口ぐせじゃないですか」


茶化ちゃかすなよ!」


茶化ちゃかしてなんかないですよ」

口のハシのタバコの先からこぼれる灰をさけるように、赤トンボがサッと軌道きどうをひるがえす。

「なんといっても、このご時世にベランダで堂々とタバコふかせる職場なんて、めちゃめちゃ貴重ですから」


「やっぱり茶化してるじゃないかよ」


「先輩こそ、ヘンな気ぃ使わないでくださいよ。かえって気味が悪いから」


「ああ、でもなぁ……。なんだったら、今日はもう帰っていいぞ? オマエの可愛い新妻に、オレが恨まれちまいそうだしな」


その"可愛い新妻"は、新婚2か月目の夜に新居を飛び出て里帰りしたきり、もう4か月も電話ひとつ寄こさないんだって言ったら、アンタ、どんな顔するんだろうな?


みんな、アンタのせいなのに。


……いや、分かってるさ。こんなのは一方的なヤツアタリの押し売りだ。


でも、ちょっとくらい……意趣返いしゅがえしさせてくれ。

「オレが、邪魔なんですか? オレがいると、かえって足手まといですか?」


「そんなこと言ってないだろうが」

先輩は、呆れたような声をあげた。

「……ったく。なんだかヤケに突っかかるじゃないか、今日は」


「別に。そんなつもりは……」


「オマエだけが頼りなんだからさぁ。オレには、どうしてもオマエが必要なんだ。そこんとこ、ちゃんと分かっとけよ?」


……ああ、参った。そんな不意打ちくらったら、一瞬で戦意喪失せんいそうしつだ。

問題は、自分がどれほどの策士なのか、アンタがまるっきり自覚しちゃいないってことだ。


「それにしても……なぁー?」

先輩の声のトーンが、急に変わる。

ガラにもない戸惑とまどい……

「オレ、夕べ、オマエにマンションに送ってもらって……それから……」


「それから?」


「いや……ベロンベロンで記憶が飛んでたせいか、夢と現実がゴッチャで……」


「なんですか、今さら。いつものことじゃないですか?」


「そうなんだけどな。そのー……オマエ、あの後、すぐに自分の家に帰ったか? それとも、オレのベッドに……」


「はぁ……?」

オレは、手スリにつかまったまま、上体だけ後ろにひねって振り返る。


先輩は、あわててサッと顔をそらすと、

「いや! な、なんでもないんだ。……忘れてくれ」


……精悍せいかんな横顔が赤らんで見えたのは、夕べの酒の名残なごりでも、夕焼けに照らされてるせいでもないだろう。


「ねえ、先輩。早いとこ、今日の仕事カタつけて、パーッと呑みに行きませんか?」

オレは、距離がせまってきたくわえタバコのケムリに片目を細めて、再びアカネ空を見上げる。


「おいおい。オレ、まだ二日酔いが残ってんだぞ?」


「だからですよ。ほら、酔いざましの迎え酒ってヤツ」

そうさ。……夢のせいにして忘れようなんて、絶対に許さない。

「もう一回、浴びるほど呑んだら、ブッ飛んでた記憶が戻るかもしれないでしょ? 夕べの記憶が……」


―――今、ここで振り返ったら、オレの顔を見て先輩は、夕焼けに染まっていると思うんだろうか? それとも……



END

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【BL】アキアカネ こぼねサワー @kobone_sonar

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