サッカーボール
「あのなぁ風吹。俺次の大会に出ることになったんだぞ。」
すやすやと眠る風吹の横で俺だけが一方的に話す。
「お前よりも熱意は劣ってるかも知んないけどさ、諦めないって決めたんだ。」
シルクのように白い人差し指と細すぎる親指にさっき買ってきた真っ白なカーネーションをそっと持たせる。白白としすぎていて写真に撮ったら白飛びしてしまいそうだった。
「風吹ー…やっぱ寝てるか。」
起こさないようにそそくさと他のカーネーションを花瓶に入れて帰り支度を始める。
「起きてるよって言ったらどうする?」
ニヤーっといたずらっこのような笑みを浮かべる風吹が起きていた。
「おめでとう。渚くん!」
「起きてたのかよ!」
恥ずかしいことを言ってしまったことを後悔した。
「あーー僕も試合見に行きたいなー…病院抜け出せないかなー?」
「いや、普通に考えてだめだろ」
「あのさ、」風吹が何か言いかけた。
「ん?」
「やっぱり何でもない、ごめん」
風吹はいつも通りのスマイルで誤魔化した。
「言いたいことあるなら言えよー」肘で風吹を小突く。
「このサッカーボール、渚くんにあげる。」
それは風吹がいつも丁寧に磨いていたサッカーボールだった。
「え?…なんで?」
「僕が持ってても意味が無いから。」
「それってどういう…」
すぅっと息を吸い込んで風吹は衝撃的なことを言った。
「足が動かなくなったから。もうどうにもならないって。サッカーできなくなったんだ。多分一生。」
風吹は静かに目を伏せた。
静かな時間が流れた。秒針が一秒を刻むのがゆっくりになったような気がした。
その空間が嫌いだった。いや、大嫌いだった。
「それでも…この持ち主は風吹しかいない。サッカーできないなんて簡単に言うな。お前らしくないぞ。アホ」
風吹のおでこに軽くデコピンをしてやった。
「諦めるな。お前が諦めたら俺も諦める。どうせ選手なんかなっても下っ端だもんな。そんなことだったらいっそのこと退部して家でゲームしてたほうが…」
「それはだめだよ!」俺の話を遮った。
「十分頑張ってるし、今諦めたらもったいないよ!」
「それはこっちのセリフだよ」
「え?…ああ。ありがと」
さっきとは違って、今度は戸惑ったような照れたような笑顔だった。
「ま、じゃそーゆことで。また明日な。サッカーボールちゃんと持ってろよ」
「んー…はいはい。またね。」
静かにドアを閉じた。
正直言って風吹の病気がここまで進行していることがものすごく衝撃だった。
柚香さんが風吹に伝えるのも時間の問題だけれど、果たして今の風吹に余命のことを話しても傷つかないだろうか?これは言うべきことなのか言わぬが花というやつなのか。
疑問だらけでだんだん頭が痛くなってきた。
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