第16話 死にたい正義


 ――目が覚めても、過去と現在、果ては絶望を抱く未来が交差しては、交差し、僕の脳裏を煽情的に彩っていく。


ああ、あいつから受けた、パンドラの箱から飛び出した、ココナッツブラウンの色を成した過ちがフラッシュバックしてしまった。


僕はあいつのための聖なる希臘神話の檜舞台である、神殿に捧げられた生贄だった。


また、思い出さなくてもいい代物を思い出してしまった。


ほじくり返さなくてもいい、事の実を酸っぱく食べてしまった。


何て、法螺を吹きまわる、盗人の狸になって。



「僕は正義に対して武装した」


 ランボーの詩を暗唱する。



「観客は皆、鰯」


 中原中也の詩の月夜の旋律を空虚に乗せた。



「二十六億光年の孤独に僕はくしゃみした」


 今どき、谷川俊太郎を筆頭に古典主義の詩の秘史と繋がる、現代詩を愛読する少年は僕しか、いないかもしれないね。独り言なんて、空しいだけだろうに、声を聴かないとどうか、なりそうだった。



「涙を集めて幾千年。僕の歌を聞かせてくれ。ここに僕の居場所はなく……」


自作の詩を気だるい数唱のように呟いて、何になるのか、僕は苦く、冷めたココアのような僕の心情に理解に苦しむ。



疲れたんだ。


僕はどうしようもなく、疲れたんだ。


どんなに切り捨てられても、どんなに忖度に負けても、どんなに被害性を忘れさせられても、僕は生きるしか術がない。


生きる意味を見出すしかない。


どんな駄作であっても、著者の歴史がきちんと下手糞ながらも書いてあるだろう?



閉鎖病棟を見落とした、朧月はどん底の谷底で棲む僕にも聖なる光をもたらしてくれた。


怪物さえも愛想を尽かす、朧月夜、春はどんどん遠ざかっていく。


指先でピースを使って遊ぶように僕はこの殺菌された虚空空間に佇んでいる。



死にたい、なんて幾らでも言えばいい、唱えればいい。


死にたい、と唱えるくらいなら、清月を見上げればいい。


馬鹿か、馬鹿だなあ。


ほら、早く、終日を踏む前に死にたい、のラベルを張った缶蹴りを終えようじゃないか……。


 

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