第15話 セリアンブルーの夜を超え


あいつはガーネット色に染め上げた黎明にこっそりと帰宅したようで、素っ裸のままの僕は、恥じらう少女のようにこの状況で薄衣を纏いながら羞恥した。


いつも、こうやって、あいつにこってりと抱かれて、澱みのない夜を飲み干して、後ろ指さされるような逢引きに便乗していたような。



けど、一向に慣れない。


あいつがそこに強く、強く吸い付いた衝撃が今さらになって、ひりひりと線引きするように痛む。


どうしようもない。今日は学校がある日なのにちっとも、熟睡できなかった。



篠突く雨の、走り梅雨の曇天の平日、あの人が夜勤から早めに帰宅したようで、朝ごはんを食べ終えた僕に素知らぬふりで挨拶する。



あの人はまだ、僕が口を塞ぐような、こっぴどく青い礼賛に遭っていると、俄かには信じていない。


知ろうともしない、あの人ならば。


表の顔は清廉潔白の、誰からも慕われる、高校教師のあいつがまさか、聖職者に相反するような不義を有ろうことか、隠れてやっているなんて、性格の良すぎる、あの人なら疑いもしない。



「辰一、顔色が悪いけど、どうしたの?」


 


あいつの仕込みの罠に引っかかってしまった、あの人に逆に僕は同情したい。


僕は足早に珈琲と食パンを口内に入れ込んで、芒種の朝の爽快を避けるように家を出た。


あいつの温もりが残った家になるべく、長くは滞在したくなかったからだ。



通学路、四葩の花、七変化、濃紫陽花が道端に水彩色鉛筆で施すように咲いていた。


水浅葱色のグラデーションの紫陽花は、悲運の白拍子が舞う、笙の音が流れる、古都・鎌倉のあじさい寺の木庭に咲いているように、見者を魅了していた。


この雨水に垂れる、穀雨の候に半夏生を待ち侘びながら、セリアンブルーの紫陽花は僕を見つめているのだった。


初夏の名物である、スカーレットの雛罌粟と撫子色の捩花、桔梗色の矢車草や雪白のような白百合も咲いているんだね、と青翠を多く含んだ朝の庭を木陰からじっくりと見ている。



いっそ、梅雨闇に堕ちてしまって、この青葉闇の裾野に同化してしまいたい。


灯心蜻蛉を捕まえて、緋鯉が群れる、池沼で青々と漲った新樹を感じたい。



風待月、夏暁に僕は夏霞を目前に茅花流しを浴びていた。


夏の代表的な季語を千差万別、心行くまで並べても、仕様もないだろう?




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