第9話 月虹のアイリス


 ……麗らかな初夏の月明りの下、僕は夭折した詩人のように象のオプジェの塒に籠り、業火の日輪を横目に見ながら、有りもしない詩編を諳んじている。


月世界、僕はアイリスの花を下手糞な指先で愛しながら、心の底に沈んだ、夜の公園の鞦韆で遊んでいたような気がした。


若苗月の新緑公園は暗紫色のアイリスの花束で百花繚乱に咲き乱れ、僕らのような孤影に心を奪われた迷子を


持て成しているように瞥見した。


 


今宵の星を抱く夢、――幕引きを終えるな、星月夜の夢。


思い出して、拘泥せよ、悪夢、悪夢、悪夢、不吉を罵る、彗星と悪夢。


禍々しい、悪夢の数だけ、無名の綺羅星も生まれるだろうよ? 


病棟でどんなに努力しても、何の生産性もない。


当たり前。


当たり前じゃないか。



お前はクレームを言いまくるだけの、無一文なのだから。


夢だけは平等に有象無象の市民である僕にも憧憬をプレゼントしてくれる。


あの青年はあの日を境に病棟からいなくなっていた。


どうやら、一回りも若年層の僕より一歩先に退院したようだった。


またもや、世間体から、なおざりにされる僕だった。


あの青年の名前すら知らなかった。


因果応報、多数派から罰が当たったんだろうよ。


下手に傲岸不遜になるから思い切り、出る杭は打たれたのだろうよ。


忖度に負けて、嫉妬されて、若さを疎まれて、中途半端に罵られ、僕の存在意義さえ、なかったことにされている。


 

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