第8話 桜守、美少年
指摘されたので、僕は頭上にのった濃藍を滲ませた花びらを手で掬った。
「君、何か、桜と似合うな」
誉め言葉なんだろうか。
桜の化身の姫は木花開耶姫。
「そんなに似合いますかね」
嫌味じゃない、気恥ずかしかったからだった。
星のキャンディで出来た気球を心の空に飛ばすように、何となく子供らしくて、軽やかな恥ずかしさを覚える。
「君、君が自覚してないだけで周りの人間が振り向くほどの美少年だよ」
若さを持て余すような、美を司る、燃え尽き症候群に十五歳の僕はつい、赤面しそうになった。
「お世辞じゃないさ。まあ、俺は個人的には異性愛者だけど、中世的な魅力には多少なりとも理解はあるが」
よく分からない。
美醜に関して、僕は殊更、過分に過ぎない、コンプレックスがある。
それも、泥仕合が起きそうなコンプレックス、劣等感。
磐長姫の神話を聴いた僕には美しさ、醜さ、その狭間で藻掻く、平凡さを冷めた眼で見てしまう嫌いがある。
「美醜なんて人間のエゴですから」
分からない。今でも、あいつにされた傷心が、忌み嫌われた青い薔薇の棘が刺さるように痛むのだった。
あいつは僕が醜悪な顔つきだったら、偽りの愛を施しただろうか。
また、上辺だけの美しさのドグマに惑わされて、人間は地獄の淵へ突っ込むのだろうか。
「君、自信ないね。俺は自分でも言うのだが、正直者すぎる性格だから俺が褒めるときは本音だぜ」
桜があっという間に散っていく。
美しさなんて、一瞬の風を孕んでいる。
「その綺麗な顔付きならば、君はもっと自信を持てばいいのに」
自信なんて持てるものか、と桜の下の空を仰ぎながら固くそねむ。
自信なんて、あぶくバブルなんだ、と固定化しながら。
「桜」
桜の上枝を触れながら、その瓊枝(けいし)を大事にかずく。
「桜貝。また、桜の晩に桜守と会えるかな……」
意味不明な詩文を唱えるくらいしか、憂愁を吐き出す居場所がない。
軽視した僕の広大な夢が桜のレイザービームを浴びていく。
「桜の下で死にたい。桜の病に罹ってしまって死んでしまいたい」
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