第4話

ポカンと目を大きくした陽向ひなたがホールの奥を見れば、いつの間にやら、客と同じようなウサギの仮面をかぶった立派な楽団がそこに現れて、演奏をしている。


千影ちかげは、陽向ひなたのその反応に少しばかり違和感を感じた。

―――"この夢"を一緒に見るのは、初めてじゃないのに……


でも、そんなことよりも、いつもの浮き世ばなれした天然っぷりが、さらに輪をかけて調子っぱずれで幼く見えるのが、千影ちかげには面白かった。

実際、こんなときでもなければ、この不肖の兄がデキのいい弟をからかって意趣返いしゅがえししてやることは、なかなかできそうにない。


一卵性の双子だけあって、顔と体の素材はウリふたつなのに。

かたや月御門つきみかど一門の祭守の最若手としての重責をこともなげに平然とまっとうする陽向ひなたに比べ、1年余りのヒキコモリ生活がたたって透けるような真っ白い素肌をさらし、昼夜を問わずオンラインゲームにウツツを抜かしている千影ちかげなのだから。


長いマツ毛を密にまとったアーモンド形の優美な目に浮かぶ、赤みがかったトビ色の瞳がイタズラっぽくキラめいて、

「なあ、陽向ひなた。せっかくの舞踏会なんだからさ。踊ってみない?」


「お、踊る……って?」


「ほら、この曲に合わせて。ワルツをさ」


「でも、ボク。ワルツなんて踊れないよ」

陽向ひなたは、清らかに日焼けした伽羅色きゃらいろの顔に、苦りきった困惑を浮かべた。

いつも超然として涼しげにくつろいでいる美貌には、不自然にさえ思える表情である。


千影ちかげは、思わずクスリと鼻を鳴らして、

「オレがエスコートしてやるよ。……さあ、ステージのド真ん中へ行こう」

と、双子の弟の手を優しくつかみ寄せた。


まあ、現実には、社交ダンスなんて一度も踊ったことはないんだが。

夢の中でなら、記憶の中に散在する断片的な「ワルツ」のイメージだけをつなぎあわせて、完璧なオーケストラとダンスを再現することも、お手の物なのだ。


「なんてったって、ここは、オレの領分フィールドだからな」

ほのかにサビを含んだ甘ったるい声で、千影ちかげはささやいた。


「うん。そうだよね……」

と、陽向ひなたは、つられたようにフワリと微笑みをもらしながら、すべらかな手を遠慮がちにそっと握り返した。


真っ白くツヤめく靴音を軽やかに響かせながら、美しい双子は、幻想の舞踏会に笑いさざめく華やかなウサギたちの間をすり抜けて走った。

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