第3話

「ど、どーしたん!? らしくないよ、そのカッコ……」

千影ちかげは、双子の弟をふりかえると、繊細な柳眉を思いっきりしかめた。


月御門つきみかど家の祭守たる陽向ひなたは、もっぱら神主の平服たる和装の上衣に紫紺のはかまを身につけているか、祭祀のときには狩衣かりぎぬ差袴さしこ凛々りりしく身にまとう。

夜は洗いざらしの清潔な浴衣を端然と着込んで寝るのが常で、和服以外の格好をめったにお目にかからない。


にもかかわらず、目の前に立っている彼は、カラダにピッタリ寄り添うボンデージまがいのライダースーツを素肌に直に身につけているのだ。

しかも、首元から一直線にヘソのあたりまでジッパーがおりて、研ぎ澄まされた刀剣のようにムダのないシャープな筋肉質をイヤミなくらいに見せつけている。


「そう? キミが喜んでくれると思ったのに」

陽向ひなたは、子供のように小首をかしげた。


「はああああ!? んなワケねーっつーの!」

しっとりした伽羅色きゃらいろのツヤをまとう双子の弟の引きしまった大胸筋とシックスパックに不覚にも見惚みとれていた千影ちかげは、ことさらムキになってワメくと、

「ドレスコードは、ちゃんと守んなきゃな」

そう言うなり、端正な白い指を「パチン」と鳴らした。


とたんに、双子の衣服はパッと早変わりして、均整のとれたしなやかな肢体に、洗練された墨色すみいろのドレスシャツ、仕立てのいい真っ白いスーツとネクタイをまとわせた。


同時に、ザワザワとしたアイマイな喧騒けんそうだけがBGMだった大広間に、突如としてフルオーケストラの音楽が鳴り響きだす。


ヨハン・シュトラウス2世のワルツ、『春の声』。

明るく軽やかで優雅なメロディー。

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