すくう
海を見た
ペンギンがいた
ところせましと身を寄せ合って
お前が
お前が
お前が
と、左右を見渡す
みじめだった
波はさざめく
はじめの「1」を待っている
そのうち飛び出た
それは
紛れもなく「1」だ
むなしい イチ だ
美しい角度で
自由落下していく
くちばしが光に照らされていた
彼は
彼だけは、
まちがいなく
物理していた
ついでに
すくわれなかった
***
小さな平家だった。
親にはもう少し広い家にしないのか、と言われたが、妻と息子と過ごすのに、豪邸はいらない。大きすぎても、家に似合わない自分から逃れたくて逃げたくてたまらなくなるだけだったからだ。
そのぶん、質にはこだわった。柔らかい雰囲気を意識して、窓枠や梁は、米マツにした。もともとあった家具の色とも良くあっている。日中は常に暖かさを感じられるように、しかしながらプライバシーは守られるように窓ガラスもこだわった。こだわり尽くした結果、自分は結局親のすねかじり気分が抜けていないのだと知り、逃げ出したくなってしまう。しかし、毎日を楽しそうに料理する妻を見てしまっては、そんなことを言えるわけがなかった。
妻は、母のようだった、それは、決して妻に母を重ねているというわけではなく、所作が美しいのだ。スウプを一匙救う手は、俺の見様見真似とは違い、本当に美しかった。金を持っていても、それで美しくなければ意味がない。むしろどんな立場であれども、らしくあれるのであれば、それ以上に素晴らしいことはないのだ、と私は思う。妻は、すべて美しくて、なにからしかった。
息子を見守っている。そこは海だ。汚らしくも物で波を降りなし、そこ知れない混沌を作り出している。
「次の遊びに入る前に、片付けなさい。いつもお母さんに言われているだろう」
「や! びゅーん!」
息子は、私の話など聞かずに、車と車をぶつけ合っている。痛々しかった。
物の波に押されて、衝撃をうけたのだろう。傍にある棚に置いてあった妻のペンギンのぬいぐるみが、静かに大海へと落ちていく。咄嗟に手を伸ばした。そのとき、俺はペンギンの大群に思いを馳せた。
ファーストペンギン、なんて不名誉な称号を、一体誰がつけたのだろう。勇気は讃えられるべき。では、命は捨てられるべきか? 生き様に囚われて、今を生きないことをどうして美徳としてしまうのだろう。虚しかった。それは、自分がそうなったときのことを考えたからだった。名誉や誇りのために、犠牲になる姿を頭に思い浮かべる。人のために命を投げうったところで、自分には何も残らない。見捨てた側の人間が、見捨てた後ろめたさから目を逸らすために名誉を与えて自己完結するだけのものだ。
ならば、ならば、私は。
せめて、大群に押し出されて美しくも散ってしまったその命を、掬い上げるくらいは、しなければならない。そして、できることなら、美しく、なにものからしく、深淵を覗いてみたい。
すっぽりと片手に収まったペンギンのぬいぐるみを元の位置へと戻した。
部屋の窓は全て中庭に面しており、そこからは心が住むような緑と、そして、橙色の斜めの太陽が覗いている。カーテンを閉めよう、と立ち上がり、私は窓へと近づいた。光の角度が見える。それは名誉を照らすように、真っ直ぐに伸びていた。
それは、美しく、なにものからしい、まさしく光だった。
それは、我が家を巣食うなにものからしい影でもあった。
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