栄養満点ばにら味
自動販売機に百円と十円玉を少し入れると、チャリンチャリン、といういい音がする。
お目当ての商品の番号を入れて、決定ボタンを押せば、受け箱みたいなものが機械音を鳴らしながら上へ上へと動いていった。でも、ちょっとおかしい。
私は、十五番のものがほしかったのに、なぜか五番の方へと向かっている。何かがおかしいと慌てて番号を入力するところを見れば、そこには十五番ではなく、五番が表示されていた。
「そんなあ……」
考えられるに、「1」の押しが甘かったのかもしれない。ちゃんと確認しないで決定を押してしまったことがとても悔やまれた。
コトン、という音がして取り出し口に出てきたのは、栄養調整食のカロリーバー(バニラ味)だった。私は、十五番のうずまきパンがほしかったのだ。こんなに悲しいことはない。財布をのぞいてみるが、大きいお札しか入っていなくて、もう買いなおすということはできそうになかった。これで昼ご飯まで持つかな、と考えるが間違いなく足りない。買えないものは仕方がないので私は、手に乗るくらいに小さいオレンジ色の箱を手に持ったまま講義室へと向かった。
水筒の水をちびちびと飲みながら、指定された席でもさりもさりとカロリーバーを食べる。なんてむなしいきもちなんだろうか。
講義室のあたたかさがせめてもの救いなのかもしれないと思いながら、静かに一人で食べ続ける。少し涙が出そうになっていると、優しい声が聞こえてきた。
「おはよう」
「ん、ほはほう」
「ぜんぜん、食べ終わってからでいいのに」
「ごめんこんな食べながらで」
「気にしないよ、食べてな」
彼女は、私のいちばんの友達だ。いっつも授業で同じ班になったりすることがなくて寂しい気持ちだったけれど、たまたま同じ班になることができて、三週間ほど一緒にこの講義を受けている。
「あれ、いつものうずまきパンはどうしたの? うりきれ?」
「それね、聞いてほしいんだけどね」
「うん、どうしたの?」
「間違って買っちゃったの……!」
私は彼女にことのあらましを説明した。すると彼女は、苦笑いをしながらよくあるはなしだね、といった。
「それで朝からテンションが低いんだね」
「うう、どうしてこんなことに」
すると彼女は、突然私の目の前に置いてある箱を取り上げて、面白そうに眺めた。
「カロリーバーのバニラ味じゃん」
「そうなんだよね。私、バニラ味があるの初めて知ったよ」
「おいしいって話だよね。実際どうなの?」
「おいしいけど、おいしいけど!」
自分でいっていてなんとなく悲しくなった。もしも初めからこれが食べたいと思って買ったのなら、こんな思いはしてない。期待していたものが手に入らなかった悲しみの方がはるかに大きいのが懸念である。
なぜだか不気味なほほえみをしている彼女は、頬杖をつきながら私の顔を覗き込んでいる。
「ねえ、イイコト、教えてあげよっか」
「なによ、そんな顔して……」
すると彼女は、片手で口の側に壁をつくりながらささやく。
「あんたの好きな、あの人が、美味しいって周りにオススメしてあるいてたんだよ」
その瞬間に、もっていた食べかけのカロリーバーを落としてしまいそうになる。開いた口がふさがってくれなかった。
「ねえ、今日はいい日だよね?」
「……うん」
顔がだんだんと熱くなってくる。きっと暖房が利きすぎているせいだ、きっとそう。今日は一日いい日になりそうだという予感がしてきた。
そんな私を馬鹿にするように彼女が「そういう単純なところがあんたの魅力だよね」と口説いてきたので、パシとほどほどの強さで肩をたたいた。
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