「その人は、白昼夢を見ているので。」

 私の先生は少し変わっている。


 ……いや、少しどころではない。

 社会科という専門に全くあっていない白衣、驚くほど白い髪の毛、透き通るような白い肌。

 外見は横をすれ違う人たちが全員振り返ってしまうほどの美しさである。

 まるで、天使のようだ。


 私が一度、先生にそう言ったとき、先生は天使という言葉が好きではないと言っていた。何故かと問うと、「天使は最下位であるから」だそうだ。上には上がある、と。

 どうせならもっと黒い悪魔のようになりたいとも言っていた。先生はよくわからない。


「先生、私は何故自分が勉強しなければいけないのかわかりません」

「勉強は非常に無意味なものだよ、必要のない人にとってはね。君は違うだろう?」

 先生は含みのある笑みを浮かべ、こちらを見た。私はわけがわからず思わず首を傾げてしまった。

「私も無意味だとは思いますが」

 先生は黒板に背を向け、教壇に手をつく。一番前の席に座っていた私は先生との距離の近さを感じた。

「そういうことではないんだよ。君は他者の考えに感化されやすく、そこから自我を構成しているように思える。例えば、数学の時間に他者の意見を聞いて、そして自分の意見と比べて、二つと全く違う解答を導き出した経験はないかい?」

「……あります」

 そう言うと、先生は満足そうに笑った。

「つまり、君の心の中では勉強は無意味なものと考えていないんだよ」

「なるほど」


 先生は夕陽に当てられ、今は調和した薄い橙色となっていた。静かに黒板を消しながら放課後の時間で学習をしている私に付き添ってくれていた。


 先生は昔、私達に自分の過去の話をしてくれた。内容はとても凄惨なもので、とてもじゃないが、普通の人では考えられないだろうし、耐えきれないだろうという仕打ちを受けてきていた。

 しかし先生はその全ての過去の原因を自分の所為であると言い、いつかそれから解放されて、神から許しをもらうことをずっと待っているらしい。


 私は、その話を聞いた時にこの人は外見から思想まで、どこまでも清らかな白で、この人の望む黒には絶対にならないのだと思った。


 先生はいつも、自分の死ぬ光景を想像しているらしい。

 先生はそんな白昼夢をいつも、いつも、見ているらしい。


「つまりは、私と全く違うわけですよ」

「……何か言ったかい?」

「いえ、何も」


 ***

 2018/12/12

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