待てと言う男

「ちょっと待っていてくれ。今からあいつらに解いて見せるから」

「待てって、どれくらいなんだ」

「今日は五分」

 俺は、思わずため息をついてしまった。彼は話しかけるたびにいつも待て、と言う。

 最初に彼と会った時は「本が読み終わるまで待っていてくれ」と。

 次にあった時には「おいそこの犬、待ってくれ!」と。

 彼の待ては今に始まった事ではない。なにせ彼とは小学校一年の頃から高校三年の今までずっと一緒なのだから。呆れながらも俺は今日も彼を待つ。


 今日はどうやらクラスのリーダー的立場にいるような奴らが頭のいい彼をからかって難しい問題を出したらしい。俺はこいつと帰る約束をしていたからこれが終わるまで帰れない。


「あいつらは、どうやら僕を馬鹿にしているらしい」

「らしい、じゃなくてだな……。どう見てもお前を馬鹿にしているんだ」

「ふむ、そうなのか。しかし、僕は性格はあまりいい方ではなくてだな。こういう負けが決まっているように見える勝負には勝ちたくなるのだ。現にあと一分で僕は勝つだろう」

 俺との会話を片手間にしながら、彼はA4サイズの白い紙に延々と数式を書く手を止めない。

 彼を不思議だとは思うが、俺は彼を嫌いにはならなかった。


「出来た。……やぁ、阿呆な君たち、採点をしてくれ」

「ふはっ、マジでやったのかよ」

「つかさ、アホって何だアホって」

「お前がアホだっつーの」

「その答えもどうせバツだバツ」

 男子生徒四人グループのそんなレベルの低い会話に俺はがっくりとした。彼にはこんな奴に構うなと言いたかった。

 しかし、彼はきょとんとした顔で四人にこう返したのだ。

「君らは僕を馬鹿と思っているのだろう? ならば、僕よりもテストの点の低い君らは阿呆というわけだ。何も間違ってはいない」

 そういうと、四人は怒りを彼に向けたが、何を言っても無駄だとわかったのか、舌打ちをして去って言った。


「待たせたな、さぁ帰ろう」

 彼はいつもと変わらない笑みでそう言う。


 よく考えてみると、いつも待ってくれているのは全てが俺の上である彼の方で、俺がいつも彼に追いつくまで待ってほしいと思っている気がする。


 そうすると、永遠に「待って」と言う男は彼ではなく俺なのかもしれない。

 俺に手を差し伸べながらずっと待っていてくれているのは彼の方だ。


 俺は悔しくて、学ランの裾を強く握った。


***

2018/12/12

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