ひえらるきい
くらくら、ゆらゆら。
今日も、くらげは揺れている。
「あ〜〜〜〜あ! 今日ほど暇な日はないぜ……。沈没船も、に千年前から落ちてこなくなって、新しいところを開拓しようにもできやしない。どっかに良いメス、いねえかな。一緒に踊りたい気分だぜ」
くらげは一際目立つ二本の触手で、海中に台パンするような動きをした。かなしいことに、いい音はならない。一つ二つばかりの泡がぽっと出て、海面に浮かんでいった。
ふっと、かわいらしいもも色のくらげが横切った。くらげ──わかりづらいから(一)とでも振っておこう──(一)は、それを間違いなく感じ取って、自身もまたもも色に染めながら、ふんわりと近づいた。
「へい、そこのフィーメイル。今夜の海底は綺麗だそうだよ。チョウチンアンコウの兄貴が一まんびき集まってライトアップをするらしい。そんな海底日和には、俺とダンスィングしねえかい?」
くらげ(一)はイケメンオーラを放ちながら、そう伝えたが、もも色のくらげは、一度頭の星形のてっぺんをくらげ(一)に見せたにも関わらず、触手を振り払うようにそのまま海面へと向かって行ってしまった。
くらげ(一)が落ち込んでいたのも束の間、どこかの文明の刃物を持った、灰色のくらげが近づいてくる。そして、背後にぴったりとついた。
「おう、てめえか。俺のメスに手を出したやつは」
灰色のくらげはギャングなくらげだった。海の生き物たちは、みんなこのくらげを恐れている。一説には、サメやらシャチやらも従えているらしい。
くらげ(一)は、身体に電流が走ったかのように震えていた。
「めめめめっそうも〜ございません〜。そんなつも〜り〜は〜ない〜。はわあ……!」
一生懸命否定しているが、灰色のくらげは触手を取る気満々だった。刃物をくらげ(一)の触手の根元に当てて、銀色に反射する光をスポットライトのように当てていた。
「俺……いやっ、ぼく、ちがう、わたくしは、ただ踊りたかったのです! そう! チョウチンアンコウのライトアップのもとで!」
そして願わくば、ゆるふわ系(物理)とムフフな……と口が滑りそうになったところを、くらげ(一)は必死に堪えた。灰色のくらげは、まるで笑っているかのように頭をぶよぶよさせてから静かに刃物を下ろす。
「そういうこった、はやく言えや! わかるぜ、踊りたくなるよな、こんな海底日和にゃ。どれ、俺が相手をしてやろう。ちょうどよくクジラの兄貴が来てくれる。一緒に行こうじゃねえか」
「いえ俺オスにはきょ」
「なんか文句あんのか? ああ?」
「ないっす…………」
こうして、命こそ救われたものの、虚しいことに年に一度の海底ライトアップイベントをオス同士で踊ることとなってしまったのである。くらげ(一)は、オス泣きした。クジラの兄貴は、状況を理解して、その立派な手びれを思い切り動かし、くらげ(一)の頭をぽん、と叩いた。くらげ(一)は、あまりの強さに耐えきれず、水の抵抗など知ったこっちゃないと言わんほどに勢い良く海底へと落とされた。クジラは、ちからもちだが、ちから加減ができない。
灰色のくらげは、
「かわいそうだなア」
と言って、その後、クジラの下にぴたっとくっつくばかりだった。
落ちた先は、一まんびきのチョウチンアンコウの群れの中だった。
今から列を成して、ライトアップの会場に向かうらしい。一ミリも乱れることないほどみっしりと、きちんと、チョウチンアンコウは並んでいた。くらげ(一)は、そのうちに触手の一本を挟まれて動けなくなった。
途中でこの辺一体の海組を取り仕切っているシーラカンスの親父さんが見えた。一ばん良い席にいる。くらげ(一)は頑張って残っている触手を振り続けた。
シーラカンスは
「今年からくらげのダンスもついているんだな。いやあ結構結構。ちょうどチョウチンアンコウの光を纏っていて綺麗だな。来年は海中のくらげを集めろよ」
と言った。取り巻きのタツノオトシゴとリュウグウノツカイは軽く頭を下げて、「押忍」と呟いた。そして、声が小さいと怒られていた。
くらげ(一)は絶望した。
しかし、しばらく揺れていると、よこしまなことを考え始める。
「もしも、来年本当にくらげのコラボが行われれば、その発案者として俺が偉くなれるかもしれねえよな……。そうすれば、灰色のあいつは顎で使えるし、可愛いメスはよりどりみどりだ……へへ……」
くらげ(一)は、浮力に体を預けた、よだれがごとく、ぷくぷくと泡を吐いた。たいそう満足そうだった。
くらくら、ゆらゆら。
今日も、くらげ(二)はゆれている。
くらげ(一)は、信念も理想も正義も真理も持っていない。ただ、ただ、たいそう出会いに飢えているだけであった。かわいい紫色のメスと海底に来ていたくらげ(二)は、それをただただうらやましそうに眺めていた。
***
2022/11/15
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