悪戯の手紙
「これ、受け取ってほしいな」
肩くらいまでの茶色がかった髪とくっきりとした丸い目。制服の赤いリボンがとても似合う女子生徒は頬を赤らめながら手紙を差し出して来た。
これは、もしや、恋文というやつでは……?
生まれてから約十七年経つが、今まで一度ももらったことがなかったあの恋文かもしれない。俺は彼女から手紙を受け取る。
「今ここで開けてもいいか?」
彼女は静かに頷く。
俺は生唾を呑み、そして静かに手紙を開けた。そして恐る恐る便箋を引き抜き、開く。
そこに書かれている文字は一文だけだった。
「…………は?」
「ふふ」
彼女は必死に笑いをこらえているように思える。対して俺はその文字があまりの衝撃的で絶句した。
──ドッキリ大成功!
便箋には本当にただ一文、綺麗な楷書でそう書かれていた。
「なんだよ、これ!」
「ごめんね、椅子取りゲームで負けた罰ゲームでラブレターを渡せって言われてさ」
「椅子取りゲームって、小学生かよ! つか、俺は罰ゲームの餌食にされたのかよ!」
色々と突っ込んでやりたいことはあったが、俺自身も動揺してどうも日本語が纏まりきらない。一瞬でも恋文と思った俺が馬鹿だった。
「ごめんね。でも、こんなのを渡しても許してくれそうだったからさ」
「……別に
「ふふ、面白いね君」
悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女は少し子供らしいと思ったが、その時の俺は今回ばかりは、と彼女を許した。
あれから彼女は俺に興味を持ったのか毎日のように悪戯の手紙を渡してくるようになった。最初の一、二回は中身を見て「またか」と彼女に言っていた。しかし、俺はその悪戯に慣れてしまったのか、その後は彼女からの手紙を開くことはなかった。
もちろん、受け取りはした。
でも、中身は一切見ていない。どうせあれも、これも、それも、どれも、あの言葉が書かれている。なら、見る必要はないだろう。
彼女と出会って半年ほど経った頃、急に彼女が手紙を渡しに来なくなった。不思議には思っていたが、明日は来るだろうと思い、何も考えていなかった。
でも、彼女は来ない。
次の日も、次の日も、その次の日も、また次の日も。本当にあれから彼女は来なくなった。それでも、俺はいつか彼女は来てくれると信じていた。
暫くたったある日、俺は自分のクラスに行く朝にふと立ち止まる。彼女は確か隣のクラスの生徒ではなかっただろうか。
そっと遠目から教室を覗いて見ると、彼女の姿は見えない。彼女は何時も俺の登校時を狙って教室に来ているから俺より早く学校についているはずなのだが。
……心が揺れる。激しく揺れる。俺の中にある嫌な予感が俺の心を揺らした。
そのクラスの生徒の口から聞き覚えのある名前が聞こえた。聞き覚えのある、彼女の名前。彼女がもうここにいない、という事実。
居ても立っても居られなくて、俺はそのまま学校を出て家まで走った。登校中の生徒に怪しい目で見られるかもしれないということすら頭にはなかった。家に帰って来た俺に話しかける母の声も聞こえない。
自室に入り、手紙入れとしていたドット柄の箱を開く。
中に入っている彼女からの手紙を全て取り出し、一つ一つから便箋を取り出して目を通した。
殆どの手紙はあの言葉だったが、たまに彼女の綺麗な文字がたくさん綴られた便箋があった。
──私、もう君に会えないかもね。
──転校、するんだってさ。
──君はもう手紙の中身なんて確認してないだろうけど。
──だから、独り言のように書くね。
──君と会えるのはあと一ヶ月。
──それでも、渡し続けるよ。
そして、彼女と会えなくなる直前に受け取った手紙を恐る恐る開く。そこには最初と同じ、だけれど異なる一文が書かれていた。
──君のことが好きでした。
いくら俺がここで叫んでも君には聞いてもらえないし、ただの自己満足に過ぎない。それでも俺は、何の言葉ともならない声で叫んだ。便箋に水滴が落ちる。
彼女は見てないとわかってても、僅かでも俺が見ているという可能性を信じて手紙を書いていたんだ。なのに俺は、彼女の想いを裏切ってしまった。
いや、それだけじゃあない。
俺は俺自身の想いも裏切ってしまっていたのだとようやくきずいた。
「好きだ……。俺だって君のことが……」
もう何を想っても何を叫んでも後の祭りだ。
六畳半の部屋にはただただ俺の声だけが鳴り響く。ひどく息苦しくなって呼吸すらままならない。
部屋の窓から覗く青く澄んだ空は、そんな俺を嘲笑うかのように雲に覆われていった。
***
後日、彼女の友人という人に話しを聞いてみれば、もともとの彼女の話すら嘘だったらしい。椅子取りゲームなんかやってない、と言った。
益々、俺は愚かな男だと実感する。
取り返しなんかつくはずはない。それでも少しでも後悔を取り除きたくて、彼女の
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