すゞろ歩き
夜明朝子
そうして、僕は
そうして、僕は死んだ。
それはそれは他人も羨むほどたいそう幸せに死ぬことが出来た。
はるか昔に僕は、死というものについて研究していた。そんな僕はよく本当に死を知りたくなっていたものだ。しかし、人の愛はそんな僕を止めた。もう、僕の命は僕だけのものではなかったのだ。僕は命を売るような真似は出来なかった。つまりは、全て想像で終わってしまったのである。
そんな僕がとうとう迎えたこの日、これは理想だった。理想の死だ。誰もが望み、僕が思う最高の死。
僕の周りにいる皆は皺ばかりの老人から髪もまだ薄い新生児までと年齢もバラバラであったと少し思い出す。僕の周りの沢山いた人間のうちの一人であり、僕の手を握る老婆は、僕のことを一番愛してくれた人だった。
僕は、幼い頃から、死というものについて知ることを楽しみにしていた。生きているうちはどうあがいても知ることのできないものであるからだ。それをようやく知ることが出来たのは、研究者の端くれとして喜ばしいことこの上ない。
全てが予定通りに進み、予定通りに人生は終わった。……はずだった。
そんな僕にはたった一つだけの大きな誤算があった。
それは、思い出も、考えも、姿も、周囲の人間も、僕が死んだということも夢であったということ。
そんな夢が、少し懐かしいような気がして再び目を閉じてみる。
夢の僕よりも今の僕の方が背は高いだろう。ソファに座ってうたた寝していた僕の隣には、あの時と違って、皺の一つも見つからないほど美しく、言葉では表せないほど愛おしい妻もいる。さらには、そんな僕たちの座るソファの隣にある小さなベットでスヤスヤと寝ている可愛らしい娘もいる。
あぁ、そういうことか。たった今、あの夢を思い出した。
今の僕の人生に不足はないし、不満もない。強いて挙げるとすれば、不足や不満がないことが、不足であり不満である。
僕は、精一杯前を向いて先の見えない道を一直線に進んで行くのだ。
そうして、僕は生きる。
死んだ一度目の人生の繰り返しとなる二度目の人生を。
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