第29話 葬儀


 セラージュは、王と王妃という国の柱を二つ同時に失ってしまった。


 王城で行われる葬儀には国中の王族と貴族が集まり、次期王への忠誠、もしくは控え目な叛意を表明することになるだろう。


 自分も一応貴族なので、葬儀の参列について父に相談したほうがよさそうだとスウミは考えた。王都支店は社員に任せ、急きょデルファンに戻ることにした。


 だが、帰る前に王城に寄った。どうしても行かずにはいられなかったのだ。

 予想どおり城の門は閉じられていた。跳ね橋まで上げられて、城は完全に封鎖されている。スウミは橋の横に立っていた兵士に、エルド王子への面会の申し入れをしてみた。


「どなたもお通しできません。葬儀は明日ですので、明日お越しください」


 スウミは諦めてデルファンに向かうことにした。そもそも王城に入れたとしても、自分ではエルド王子を慰めることなどできはしないだろう。手紙の返事も書かなかったくせに。今さら会おうとするなんて自分は一体何を考えているのか。そんな資格もないのに。


 街道を馬で走りながら、エルド王子のことを想った。

 両親がいっぺんに亡くなるだなんて、きっととても辛いはずだ。体調も心配だった。




「スウミ! 良かった。迎えをやろうかと思ってたんだ」


 屋敷に戻ると、父はすでに葬儀へ出席するための手配を済ませていた。馬車は借りてあるし、喪服も陰干ししてあった。他の社員への指示や仕事の打ち合わせも済んでいる。あとは明日の朝、王都に出発するのみだった。


 その夜、スウミは父と当主の部屋のソファに向かい合って座った。

「陛下と王妃が亡くなったことはもちろん知っているね?」

「ええ」

「私たちはデルファトル家の者として葬儀に出なければいけない。でも、第一王子派であることは一旦忘れなさい」

 スウミは息をのんだ。

「どうして……」

「ごめんね、スウミ。権力闘争というのは義理人情だけではやっていけないんだよ。中立の態度を取りなさい」

「だけど、お父様、エルド王子は命の恩人なのに、そんなふうに裏切るようなまねをするなんて……」

 父は腕を組んで、ううんと唸った。

「まだ死因がわからないからね」

 声を低くして、ささやくように話し始めた。

「王と王妃だよ。どうして亡くなったのかがわかるまで態度は保留だ。いいね」

「お父様、それはつまり……」

「だめだめ、はっきり言ってはいけないよ。どこで誰が聞いているかわからないんだからね。今は疑念を胸の中にとどめておきなさい。葬儀では慎重に振る舞うんだよ。罪をいとわない者たちに目をつけられないように」

 父ははっきりと口にしないが、暗殺を疑っているのだ。だとしたら犯人は誰なのか。第一王子派か、あるいは第二王子派か、あるいは別の……。まるで想像もつかない。


 エルド王子は両親を暗殺なんてするだろうか。絶対にしないと思う。だけど、第一王子派の誰かがやったのだとしたら? 今、第一王子派であると態度で示すことで、そういう人と共犯だと見做されるおそれがある。

 あるいは、もし第二王子派が犯人だった場合も、葬儀の場で第一王子を持ち上げる者は目障りだろう。特に、次の王は誰なのかをみんなに思い出させるような振る舞いは。


 今王城で何が起こっているのか。それを見きわめるまでは、誰にも目をつけられないようにすべきだと父は言っているのだ。もちろん暗殺だと決まったわけじゃない。事故死や自死という可能性だってある。それでも貴族たるもの確かな情報をつかむまでは慎重にふるまうべきだというのは、父らしい考え方だった。

 今は中立。

 これから王城に行って、エルド王子と会って、果たして中立でいられるだろうか。二人の関係性はともかくとして、これからも変わらずエルド王子の味方でいたいと思っているのに。




 翌朝、王城での葬儀に参列したが、幸か不幸か、エルド王子と直接会って話す機会はなかった。王子はたくさんの有力貴族に囲まれて、うちのような没落貴族にはとても近づけなかったのだ。


 遠くから見たエルド王子は、無表情で葬儀の場を仕切っていた。熱は出ていないか、遠目すぎて判断がつかなかった。


 イスレイ王子も見かけた。暗く沈んだ顔をしていたが、人に話しかけられると時折笑顔を見せていた。だが、かたくこわばった笑顔だった。赤い髪のメイド、パルナエの姿はなかった。


 両陛下の死因は事故死であると公式に発表があり、誰もがその説明に納得したような顔をしていたが、もちろん内心はどうだかわからない。



 葬儀の後は、王城内で夕食が振る舞われることになっている。参列者が噂話に花を咲かせながら、お互いの手の内を探り合う、考えただけで気の重くなる宴となることだろう。


 スウミも父もそんなものには興味がない。二人は日が暮れる前にデルファンへ戻ることにした。スウミがデルファンへと戻るのは、父のたっての願いだ。きっとスウミを王都に残したら、こっそり王子に会いに行くと思われているのだろう。


 スウミたち親子は、今日のために借りた馬車に乗って、王都を出発した。

 馬車の窓から外を見ると、赤く色づいた葉が風に吹かれて舞い落ちるのが見えた。スウミが馬車から街道の景色を眺めるのは二度目だ。スカート姿で馬に乗っているスウミを見たエルド王子に馬車で帰るよう言われた時が最初だ。あのとき、窓の外には木々の若葉が見えたのに、今ではすっかり秋模様だ。


(そういえば腹痛係をやらされたときはびっくりしたっけ。まさか体が弱いことを隠すためだなんて……)


 そこで、スウミははっとした。何か重要なことを見落としている気がする。


(なんだっけ、何か……忘れていることがある……)


 父がさらさらの金髪を揺らして、こっくりこっくり舟をこぐのを見ていたら、ついに記憶の扉が開いた。

「ああっ! 伝説野菜!」

「……うん? なんだい?」

 スウミの大声で目を覚ました父は、瞬きを繰り返している。


「お、お父様、伝説野菜! エルド王子!」

「な、なんだい。何を言っているのか全然わからないけど」


「伝説野菜を食べればどんな病気も治って、健康な人はさらに健康になる!」

「え……? ああ、そうだったね。それがどうかしたかい?」


 エルド王子に食べさせてあげたい。そうすれば、すぐに熱を出して寝込む体質も治るのではないだろうか。ああ、どうしてこんな大事なことを忘れていたのだろう。


「お父様、伝説野菜ってどうしたら手に入るの?」

 早口で父に尋ねた。

「え、知らないなあ」

 がっくりきた。

「だけど、私に食べさせてくれたよね」

「あれはグジ子爵の屋敷に清掃のバイトで行ったときに発見したんだよ。亡くなったグジ子爵の寝室に、妙に光る野菜が落ちていてね。これは何だろうかと清掃仲間たちと話していたら、博識のミシゲさんが、これは伝説野菜だって教えてくれたんだよ」

「ミシゲさんっていう人が伝説野菜に詳しいのね! そのミシゲさんってどこにいるの?」

 父は悲しげに目を伏せた。

「亡くなったよ。高齢だったし、今年の夏は暑かったから」

「そんな……」

 もっと早くに伝説野菜のことを思い出していれば! 後悔で目の前が真っ暗になる。


「ああ、でもね、ミシゲさんは伝説野菜のことを図書館の本で読んで知ったって言ってたっけ」

「図書館! デルファンの?」

「多分ね。庶民が利用できる図書館なんてデルファンにしかないだろうから」

「そうなのね。ありがとう、お父様。私、デルファンの図書館で調べてみる!」


 娘が誰のために伝説野菜を探しているのか薄々勘づいているだろうに、父は何も言わずに、ただ微笑んだだけだった。

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